eye4工房番外編

時計塔のある風景「誰もいなくなった」

リメイク編




<白薔薇>

 紆余曲折があって完成した時計塔のある風景「そして誰もいなくなった」ですが、前回の個展のときに何かが足りないと感じて、
再び自分の中にあったイメージを膨らませてみることにしました。



 つい先ほどまではたくさんの人が居たように思われる時計塔のある広場、でも慌てて姿を消してしまったのか、今は誰もいない。
そこに落ちているのは、歴史的に意味のあるビラやポスター、新聞などで、最後に白いバラを1本配置した。
 その詳細はリメイク前のこの作品の制作過程の記事をご覧いただくとして、やはり少し地味すぎて個展のときには、この前で立ち
止まっていただけなかった。
 今回はこの作品に手を加え、もう少し濃密で奥行きのある空間に仕上げようと思っています。



<壁>

   1 リメイクのイメージをスケッチにします。
   

 最初の画像を線画で処理し、リメイクする部分を書き加えて、これから制作する作品のスケッチとしてみた。



 今回のリメイクで付け加えるのは壁、そのモデルにするつもりなのはJR鶴見線の国道駅。柱には戦争末期に米軍機が放った弾痕が
残っている。
 ほかにも融合させたいものはあるのだけど、最初の段階ではまだイメージとしてまとまっていない。


1 スチレンボードの切れっぱしを利用して、壁と柱を
 つくります。
2 レンガ部分は厚紙を1cm×2cmにカットしたものを
 張り付けて表現します。
3 デザインナイフで削りを入れて、断面をモデリング
 ペーストで成型して弾痕を表現します。

 ますは材料集めです。もったいないので使い残したスチレンボードの切れ端をかき集めて、使えるものは使う。
 どう見ても足りないので、100均で850mm×450mmのスチレンボードを2枚買ってきた。ここのところ、ジオラマ素材の80%は100均で買っている
感じです。もう本当に特別なものでなければ、100均で何でも揃っちゃう。


4 木材を加工してバラセンを支える支柱をつくってい
 るところです。
5 まずは全体にひととおりグレーの色を置いてゆく、
 ムラが縦に出るように、筆は上下に動かす。
* 使用する水性アクリル絵の具も100均で買った。
 安いけど、多少顔料が少な目な感じです。

 なんでオレンジのスチレンボードを使っているのって聞かれちゃいそうですが、別にオレンジ色が好きなのではなく、ただ地味な色が売っていない
だけの話です。



 chico ちゃんは身長110cmに満たない、いわゆる小型のラブドールです。個展のときの看板娘として購入したのが、お付き合いの始まりですが、
今では時々、模型製作のお手伝いまでしてもらってる。
「乾くまで角度を変えないで持ってってね。」とお願いすると、文句ひとつなしにずっと持ち続けてくれる。もはや模型製作のアシスタントです。
 世のなかひろしと言えど、こういう風にラブドールを使っているのは自分ぐらいだろうな。


   6 壁の画像をPCに取り込んで、変化をつけるシミュレーションを行います。
   

 もともと濃いピンク色だったスチレンボードが、まずは塗りムラのあるグレーの壁に仕上がりました。
 スプレーで一様に塗られた新品の壁をイメージしたなら、もちろんそれなりにきれいに仕上げるのですが、これは過去に何度となく手塗りで
様々な塗料が塗られたような状況をイメージしているから、むしろこの方が良い。
 雨や風、そして日光によって風化や変色がすすめば、塗料自体の黄変や汚れの定着もすすむ。そこでグレーの塗料には若干の黄色とブラウンを
混ぜておくのもポイントです。

 ここからエージング処理します。
A 実際にグレーに塗られた壁があったとして、塗料は上の方から少しずつ流れ落ちてゆくので、そのうち壁の上方には明るい下地が見え始める。
B 街中であれば、雨や大気中の汚れが、黒く雨だれとなって残る。
C 地面近くでは砂や土の汚れが壁に付着する。

   

 GIMPでA,B,Cの修正点をシミュレーションしてみました。


  7 方向性に間違いはなさそうなので、この修正を
    実行に移します。
   

  Cの砂や土の汚れは、まずは水で溶いた木工ボンドを汚したいところに塗り、そこに小動物用の細かな砂をまいてゆく。これだけで
ざらっとした感じの汚れが表現できます。




 一通り作業を終えたところです。
 まだ少し壁が暗い感じですが、最後のドライブラシで少し白っぽくなって、丁度よくなると思う。

 さて次は何をするかというと、この壁に落書きをする。もちろん落書きだから無意味なものの方が多いけど、歴史的な意味を持つものもある。
 壁面、そして落書きというと、やはり最初に思い出されるのがベルリンの壁です。そこでネット上から参考になるような画像を見つけてきては、
それをPCに取り込んだジオラマの壁に張り付けるというシミュレーションをしてみます。


   8 PC上で落書き画像を重ね合わせ、落書きのシミュレーションを行います。
   

 上の画像はその途中経過のようなものです。(PC上の合成画像です)
 ベルリンの壁というと、さぞかし平和とか自由、そして自由や政治に関するテーマのものが多いのかなと思っていましたが、何のことはない、
日本でもよく見かけるような、大して意味があるとは言えないような落書きがほとんどでした。


   9 ベルリンの壁の落書きのなかから2つばかり選び、
    その輪郭をマジックで輪郭を描く。
   

   

 とりあえず最初の落書きは、この後、様々なものを書き込んでゆく関係で、地味な色合いに仕上げました。


   10 エージング処理を行います。
   

 落書きも経年変化をして、少しずつ色が落ちてゆくので、たとえば黒い輪郭を描いたところは、そこから黒い塗料が下に流れていったような
感じに仕上げる。
 年代の古い落書きは、劣化も激しいはずなので、下塗りした塗料に、つや消し剤と少量のタンを加えたものを薄く塗ってゆく。
 (色が薄くなる感じです)

   

  落書きひとつ書いては、この劣化の効果を加えてゆくと、古く落書きされたものほど掠れ、新しいもほどより明確に書き残されるという、
経年変化のようなものが再現できます。


   11 そしてメッセージ性のある落書きを最後に加えます。
   

 自由を求めてベルリンの壁に集まる人たち。

   

 こちらはアインシュタインの言葉。重い。

   

 様々なものを書き入れて、最後に描いたのがこれです。
 「結局のところ、人類は永遠に幸福をつかみきれないのかもしれない。」 そういうネガティブな発想をするつもりはないけれど、
まだまだ多大な労力と時間が必要なのは間違いなさそうです。

 でもバンクシーって、いわばかってにあちこちに落書きをしているわけで、その所有権や著作権っていったいどうなっているの
かな? そしてこういう展覧会の収益はどこに入るのかな? そういう疑問がわいてきた。そしてそのあたりのことはどうなって
いるか少し調べたら、やっぱりというか、実際に争議も起こっているみたい。
 そもそも日本だと勝手に描いたら犯罪だし、壁の修復費用だって要求されることになるでしょうね。
 もし落書きの著作権を認めたら勝手に消せないという、変なことにもなってしまう。良く分からん。


   12 仕上げとして最後のエージング処理を行います。
   

 まずはMr.カラーのタン+グレーに艶消し材を添加して全体に吹き付け、全体のつやを落とします。 そのうえで柱の角や壁面の
穴にチッピングを行います。(濃いめの塗料で欠けた部分を表現する)
  全体が埃をかぶったみたいに、そして少し傷んだ感じに仕上げるイメージです。

 ふと試しに壁の前に人形を置いてみたら、しっくりとくる。
 これまでDOLLなしの作品のつもりでいたけど、予定変更でアイキャッチャー的な存在として、DOLLを置くことを前提とした
作品作りをすることにしました。

  13 配電盤のようなものを追加します。
   

 何かアクセントになるようなものが欲しいということで配電盤のようなものを追加します。
 上の画像はケーブルを固定しているところですが、この固定に使うクランプがとっても便利、100均で売っているというのもありがたい。
まだ使ったことのない人は用意した方がいいよ。

   14 バラセンを追加します。そのうえで金属部分に
    錆処理します。
    

 ステーにバラセンを取り付けました。バラセン自体は3本のステンレス線を右画像のように寄り合わせてつくりました。
 ステーなどの金属の突起物があったりすると、ここを起点にして黒い雨だれが縦に残る。
 支柱はグレーで着色した後、錆が出た感じを表現します。これはパステルの茶色、赤、黄色を削ったものをMr.カラーの溶剤で溶いて
塗っただけなのですが、本当に錆びた感じに仕上がります。




 平面的だった壁に少し変化が出て、最初のイメージに近くなった。
 このあと、背後に工業プラントの一部をつくろうと思う。



<プラント>

   15 スチレンボードと紙から煙突をつくる。
   

 背後に壁と工場の一部を再現しようと考えています。
 最初に作るのは工場の煙突です。丸く切った5mm厚のスチレンボードに厚紙を巻くだけというシンプルさです。
 この2本の煙突をつくったところで、壁の背後に置いてみた。背後に高く置くことで圧迫感が生まれて、イメージが更に一歩近づいた感じです。
やはりジオラマって前景、中景、背景をいかに組み合わせるかが大切です。


16 スタイロフォームを加工してL字の配管をつくり、
 これに紙を巻きつけてパイプラインとする。
17 このままでは自立しないので、支柱を用意して
 支える形にします。

18 全体を組み立てたところです。高さを調整する
 土台部分も制作した。
* プラントの上部はこの土台部分に収納できるよう
 に設計されています。

 今度は紙とスタイロフォームでパイプラインをつくり始めた。
 このあたりはお手本がある訳でもなく、ただひたすら想像力をはたらかせて作るのみです。

19 水性アクリルで大まかに着色します。今回も筆は
 縦使いで軽くムラが出るようにする。
20 エアガンで煤煙を表現し、軽く雨だれの表現を
 加えます。

 そしてようやく最終段階です。
 工業プラントに必要なのは重厚感だろうなと思って、ここでも塗装を一工夫。煙突の先端に煤汚れの表現を加え、全体にきわめて黒に近い
つや消しのダークグレーを吹き付けて、薄汚れた感じを出す。パイプは黒鉄色にあえてダークグリーンを混ぜて、重金属の質感のようなものを
出してみた。

 完成させるにあたっては、やはりフィギュアは必要だと判断しました。見てほしいところがあちこちにある作品なので、実際、見る者の視線が
定まらない。(まずは何を見たらよいのか分からない)
 だからこそアイキャッチャーを置くことで構図は安定する。選んだのはTBLeagueS45のヘッドをリペイントしたフィギュアです。とりあえずこの場に
相応しい洋服に着替えてもらい、あとは配置など全体のバランスを調整して完成です。



<完成画像>









 諸々の微調整が済んで、「そして誰もいなくなった」というジオラマのリメイクが完了しました。
 ベースのサイズは85cm×45cm、スケール1/6。時は1940年代、第二次世界大戦中のヨーロッパのとある小都市の広場をイメージしています。
 ベースの石畳はスチレンボードを砂などでその質感を出した後に着色したもの。時計塔は市販の時計をベースに自作、ベンチはドール用のもの
を購入して着色しています。
 散乱するビラ、放り出された買い物かご。
 人々がつい先ほどまでここにいた感じはするのに、なぜか誰もここにはいない。それはなぜか?
 そういう疑問と緊迫感、そしてこの先の不安と少しの恐怖のようなものが表現できたら良いと思ってつくりました。
 今回新たに追加したフィギュアはTBLeagueS45のヘッドをリメイクしたもの。現在の自分たちを象徴しています。

 こういうシーンはどこかで見たことがあるかもしれないと思ってつくっていましたが、あとで思い出したのは大昔のテレビドラマ「ミステリーゾーン」
のこと、多分、子供の頃に見ていたときのその記憶が影響しているに違いない。




 実は撒かれたビラなどには統一性が全くない。
 ベンチに取り残された新聞は1941年12月、日本がパールハーバー空爆し太平洋戦争が始まった時のもの。



 その下に落ちているのは『白バラ』のモチーフをネット上から取り込んでビラとして再現したもの。
 『白バラ』というのは、ミュンヘン大学の学生たちによる反ナチス抵抗運動のことで、彼らは1942年から43年にかけて6枚のビラ作成し、戦争を
終結させようと国民に呼び掛けた。
 もちろん当時はナチスの存在は絶対的なものだったので、彼らは7枚目のビラを印刷する前にゲシュタポに捕えられ、国家反逆罪でギロチンに
かけられてしまう。



 スターリングラード攻防戦のとき、ソ連軍がまいたとされるドイツ軍兵士に投降を呼びかけるビラ。



 1940年にドイツ軍がダンケルクで撒いたとされるビラ。
 これらはすべてネット上から画像を取り込んで配置しています。




 今回背景として追加した壁はベルリンの壁を参考にしてつくったもの。印象的なメッセージを書き写したほか、そのほかにも
印象的な言葉を追加しています。
 いちばん上はアインシュタインの言葉で「神はサイコロを振らないと私は確信している」
 いちばん下は最近、ホンコンの街角でかかれたもの
 柱の部分はJR鶴見線の「国道駅」の柱を表現したもので、第二次世界大戦末期に米軍機による銃撃の痕跡が残っている。







 左上のFREEDOMは実際にベルリンの壁に書かれていた文字です。宝島社はこの文字を含む画像を企業広告の背景に使っていました。タイトルは
「ハンマーを持て、バカがまた壁をつくっている」、ベルリンの壁が崩壊して30年、もろもろの問題は解決していないどころか、拡大さえしている。
 もちろんその下はバンクシーの「風船と少女」、風船は愛や希望の象徴と言われているそうです。




 背後には工業プラントの一部として煙突とパイプラインを取り付けてみた。現代世界の問題は国家、民族間の争いだけでなく、地球環境の問題もある。
決して万全とは言えない世界、そして更にこの先が見通せない状況のなかに自分たちはいる。その事実をイメージとして再現したのがこの作品です。
 だからこれはリアルなジオラマではなく、ある意味メッセージそのものです。



2021.10
camera: CASIO EXLIM EX-ZR4100 & Panasonic LUMIX GX8 + M.ZUIKO DIGITAL 12mm-50mm  / graphic tool: GIMP 2.8 + Ichikawa Daisy Collage 10



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