湘南を走った小さな汽車


湘南軽便鉄道 二宮から秦野



 かつては日本全国にあったという軽便鉄道ですが、近年はその役割を終え、その多くは自動車輸送に置き換わってしまったと言われています。
 今回はその一つ、1937年(昭和12年)に営業廃止した湘南軽便鉄道の路線あとを歩いてみたいと思います。



 湘南軽便鉄道の存在を知ったのは、この「湘南を走った小さな汽車」という冊子で、何年か前に大磯町の博物館あたりで入手したものと記憶している。
(無料配布されていた)
 内容は湘南軽便鉄道の歴史と路線の紹介ということで、蒸気機関による運行開始より1世紀の節目となることから、その記念事業の一つとして発行された
らしいです。
 湘南軽便鉄道の営業開始は1906年(明治39年)で、当初は馬車鉄道であったという。その目的は秦野方面への荷物(秦野のたばこなど)、旅客の輸送で
あった。(当時まだ小田急線は営業を開始していなかった)



二宮
2022.05.22 SUN 天気:晴れ
6:40



 起点となったのはこの国鉄の二宮駅です。

 

 駅前には鉄道の創始者であり、衆議院議員だった伊達時氏の記念碑があります。
 その隣には「ガラスのうさぎ像」。太平洋戦争末期に米軍の艦載機の機銃掃射によって、この二茂宮駅周辺で何人かが命を落とした。目の前で父親を
殺された12歳の少女の体験記は国民に深く感動を与えたと記されています。


 

 湘南軽便鉄道の本社があったとされる場所は、JR二宮駅から歩いて3分ほどのところにあって、今は保育園になっています。
 記念事業の一つなんだろうと思いますが、駅舎や停留所にはこういった解説のための碑が設置されています。



 ここから「湘南を走った小さな汽車」を頼りに、軽便鉄道の道を歩いてゆきます。距離としては10kmほどになると思う。




 今は車道となっている軽便鉄道の道です。道幅は10mに満たない、こういうところを汽車が走っていたんだから、けっこう周辺は煙かったし、洗濯物も表通り
には干せなかっただろうなあ。





 このあたりは車で表通りしか走ったことがなかったので、とても新鮮です。
 なんか昔懐かしい街並みが続いています。






 今回歩くところを地図にするとこんな感じです。その路線の多くの区間は、今は普通に使われている生活道路となっています。
 湘南軽便鉄道は全線でちょうど10km、秦野、中井、二宮の1市2町にまたがる路線です。





中里
7:20
 県道の二宮秦野線に出ました。ここは片側2車線、この道を突っ切るように軽便道は続きます。

 

 二宮駅を出ると1kmちょっとの間隔で駅が設けられています。
 最初の中里駅は二宮高校の下の県道沿いにあったとされますが、今その痕跡のようなものは全く残っていません。



 こちらは酒屋さん。店主が気に入ったお酒を全国から集めている。個人的におすすめのお店です。




 ここから先は丘陵地帯でしばらくは上りが続く。歩いていても足に負担がかかるような感じで、小型の機関車としては限界に近い斜度だったのではないかと思う。



 コンビニで買い込んだ朝食を食べようと、近くの「せせらぎ公園」にやってきた。
 がしかし・・・、門が閉まっていて中に入れない。入口には「開門時間8:30~17:00」とある。う~ん、夏場に早朝散歩できず、炎天下で過ごしなさいってことなのかな、
少し時間帯を変えるなりした方が良いと思う。
 やむなく入口近くのベンチでの朝食となりました。





一色
8:00

 

 一色駅付近は歴史ある地区で趣のある建物も多いです。上は公民館、その前にはいくつもの道祖神やお地蔵様。



 黒い板塀が続く、このしっとり感が良いね。


 

 こちらは山の中腹にある浄源寺です。ご本尊の阿弥陀如来像で町の重要文化財で、関東では数少ない平安彫刻だそうです。
 イチョウや柏の巨木に囲まれ、お寺自体もとても落ち着いた感じです。ここから眺める丘陵地帯の景色は素晴らしい。







下井ノ口
8:45
 この先は中井町になります。

  

 下井ノ口駅周辺は昔ながらの田園地帯のひろがるところです。



 なかでもおすすめなのが、田んぼの真ん中にある八幡神社から見るこの風景です。水田の向こうに見える森と茅葺屋根の古民家
(このときはまだ水田に水が入っていなかったけど)。
 ここは何度となく来ているなあ。

 

 この景色を背景にして記念撮影です・・・。
 あれ? 左足の靴がない!
 それに気づいて道を引き返す。

 700mほど戻ると、一色駅の近くにそのまま落ちていた。
 こういうことってたまにある、でも不思議なことに、小さくても落し物はほとんどの場合に見つかります。



 

 こちらも個人的におすすめの酒屋さんです。日本酒以外にも様々なお酒を扱っていて、満月の日は夜も開店していて角打ちが楽しめるという。
 地元の社交場そのものだね。




 こちらは農家の門、すごすぎる。




 水源地にある厳島湿性公園です。中央の島にあるのは厳島神社。
 ここはホタルやカワセミが見られることでも有名なスポットです。





上井ノ口
9:30



 上井ノ口駅周辺ではこの蓑笠神社がいちばんのおすすめスポットかな。
 ともかくものすごく有名という訳でもないのだけど、古い歴史を持つ神社のようで、祭神であるスサノオノミコトが旅の途中、この地に蓑笠を置いて
いったことから、その名がつけられたという。
 一歩足を踏み入れたところから、ひんやりとした空気を感じるようなところです。ご神木の大ケヤキがまたすごい。



 昔は軽便鉄道に乗るってことが贅沢だったかもしれない。
 でも今はこうやって、その痕跡を訪ねて時間をかけて巡ることができること自体が贅沢であるような気がする。

 

 上井ノ口駅あたり、傍らにはたくさんのお地蔵様、道祖神、その他もろもろの神様。




大竹
10:00
 さて湘南軽便鉄道の通っていた道を辿って秦野までやってきた。
 ここまでなだらかに上り続けて2時間ほど、途中休憩したけれど、やはりこれから暑い時期には少し辛いお散歩旅かもしれません。



 東名高速 秦野中井ICを下に見ながら長い歩道橋を渡ります。
 ここがまたけっこうな絶景ポイントだったりします。

 

 歩道橋を渡り終えたところで、再び旧道に入ってゆく、ここもまた湘南軽便鉄道の通っていた道です。
 だいたい人も車も通らないのになぜここに道があるのか、それを説明できる人は、今となっては少ないと思う。




 六地蔵と観音様、何かいわれがあるとは思うのだけど、説明が何もないので、ただ眺めるだけになってしまう。
 ただかなり昔から開けていた場所だったということは分かります。







 少し脇道に入ったら、こんな風景を見ることができました。
 何かそのまま時代劇のロケに使えそうな感じです。


 

 嶽神社、大竹地区の鎮守様です。
 冊子によればこの付近に、湘南軽便鉄道の当初の終点だった大竹駅があったという。ところがどこを探しても例の記念碑は見つかりませんでした。

 その昔、秦野は煙草や落花生の生産が盛んでした。そしてその輸送手段を確保する目的もあって、ここまで湘南軽便鉄道が敷かれ、大量の物資が
二宮を経由して横浜や東京に運ばれていたということです。
 また当時は大山詣りが盛んで、人々は鎌倉や湘南海岸を経由して二宮に入り、この大竹駅から大山に向かったという。そういう意味では観光路線でも
ありました。




 小田急線のガード下をくぐって秦野の市街地に入ります。
 小田急線は大正の初めに開通するのですが、そのための資材もまた湘南軽便鉄道を使って運ばれたのだそうです。ただその後に湘南軽便鉄道の
経営が行き詰まった原因の一つが、小田急線に乗客を奪われたことだったとは皮肉な話です。




 石碑や記念碑はあるけれど、実は湘南軽便鉄道そのものの痕跡って、今はほとんど残っていません。
 これは水無川に残された湘南軽便鉄道の橋脚の台座部分です。実際に見られるのはこのぐらい、あとは想像力を働かせるのみ。




 水無川を渡った対岸にある命徳寺です。江戸時代初期に建築された茅葺き屋根の山門のある。(秦野市の重要文化財)
 庭がきれいで隙がない、緊張感のある佇まいです。







台町
11:05
 線路はこのお寺の前を通って北西に向かっているはずなのですが、ここから先は市街地になっていて、軌道跡の道さえ消えてしまっています。
 冊子「湘南を走った小さな汽車」を頼りにその先を探します。

 

 台町駅の記念碑があったのは石屋さんの前、この倉庫と倉庫の間の道が軽便鉄道の軌道跡だったらしいです。
 当時、煙草の葉を扱う秦野の専売局は市街地の反対側にあった。そのため必要性が認められることとなり、鉄道は1922年までに延伸され、
あらたにこの台町駅と秦野駅が設けられたという。



 ここから先はまた軽便道が続いています。
 ところどころにお店があったりするんだけど、その昔はここが表通りだったってわけです。





秦野
11:20
 

 こちらが湘南軽便鉄道の終着駅となる秦野駅の跡です。今は専売局の広大な敷地はショッピングセンターになっています。



 大正から昭和の初期、時代は世界恐慌、そういうときに煙草や落花生は必要とされる作物ではなかった。多くの畑は穀物栽培に切り替えられ、湘南軽便鉄道の
輸送量は減少した。また自動車輸送へ切り替えもすすみつつあったのも影響として大きい。
 観光面でも小田急線の開通によって乗客は減り、乗客は定員の1/10程度になってしまったという。
 時代の波に飲み込まれ、当時としてはなすすべもなかったということなんだろうな。

 今回のお散歩旅は所要時間4時間40分、距離11kmほどでした。途中落とし物さえしなければもう少し早く到着したはずです。また標高差を考えれば逆ルートの
方が身体的には楽だと思います。
 全ての人におすすめはしませんが、近代の歴史ロマンを感じながらのんびりと歩きたい方には、よろしいんじゃないでしょうか。



2022.06
camera: Canon Powershot G9X Mk.2 / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio pro 7 + GIMP 2.8 + Ichikawa Daisy Collage 10



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