eye4工房番外編

地下空間



<アゾフスターリ製鉄所が頭から離れない>

 新しいジオラマというか、1/3スケールドールの展示用背景をつくりたいと思います。本当なら、完成直前の1/72スケールのジオラマ制作を急ぎたいところなのですが、
先日利き腕の右ひじを骨折してしまった関係で腕が曲がらず、細かな作業ができない。
 ということで、こちらの方は一休みして、比較的大きなスケールの作品を優先することにしました。
 ジオラマというのはミリタリーのスケールモデルではよく見られる展示方法なのですが、ドールの世界ではあまりこういうことをやっているのを見かけません。

 前作の「ひまわり」はウクライナの平原をイメージした作品でしたが、実はもう一つずっと頭から離れない場所がありました。それはマリウポリのアゾフスターリ製鉄所、
そこにはウクライナの兵士と市民が避難した巨大な地下要塞がある。
 ただもちろんこれをジオラマのテーマとして取り扱うというのも、いろんな意味で難しいものがある。
 2ヶ月以上も地下で生活を続けるなんて自分なんかは耐えられない。想像さえしたくない。



 お散歩していて、たまたま駅のホームの下を通りかかった。
 コンクリートのホームを分厚い橋脚が支える。地下要塞の天井ってこんな感じなのかな?
 ここでふと閃くものがあった。 「風の谷のナウシカ」劇場版のエンディングは腐海の最深部を描いたシーンでした。これがこのホームと橋脚の画像に結びつきました。


   1 作品のイメージをスケッチにしてみます。


 これをつくったのなら、かなり迫力のあるシーンになりそう。
 ただ問題はある。作品自体が大きくなりすぎて運べなくなってしまうかもしれません。ここは工夫をしないといけない。
 そしてつくる以上は救いのないシーンでなく、希望を持てるような作品にしたいと思います。



<ベースボードの制作>

2  角材を組み合わせて、ベースボードの枠をつくって
 ゆきます。
3 その上に100均で入手したスチレンボードを張り付け
 でフロアは完成です。
4 ほかの部分も、基本的には100均で入手したスチレ
 ンボードでをつくってゆきます。

 最終的にはこの地下空間を模したこの背景の中に1/3スケール(身長60cm弱)の人形を置きます。だから高さは最低でも1m近くにはなるはずです。
 このようなものを強度第一で合板などを使ってつくったりしたら重くなって扱いに困る。また夏の個展に持ってゆくことを考えたら簡単に組み立てられるような形式のもの
でないと運搬自体ができなくなったりする。
 それでどうするかというと、基本は100均で売っているスチレンボード(5mm厚のもの)を組み合わせて作ることにします。
 最初はふにゃふにゃした感じで危ういけど、立体として組み立ててゆくうちにしっかりとした形のものになります。
 フロアとなる青いボードに切込みを入れているのは、地面を覆うコンクリートのヒビを表現するためです。



 これが基本的な部材を完成させたところです。制作後の収納スペースを考えて形状を一部変更しています。
 ここまでに使ったお金はというと、スチレンボード5枚と角材2セットの合計770円(接着剤は別)です。
 今回は特別な材料などは使う予定もないので、このまま100均で売っているものだけで、どこまで作品をつくることができるのか、試してみたいような気がします。



 このままだとあまりにもシンプルなので、配管を追加します。

5 細い配管は直径1cmのストローで組み、L字部分は
 バルサ材を加工して組み込みます。
6 太い配管を固定するためのフレームをスチレン
 ボードからつくります。

 赤くて太い配管は実はチャンバラして遊ぶための剣です。これも100均にありました。探せばいろんなものがジオラマの素材になります。


 

 太いパイプが不安定だったので、吊り下げるフックなどもとりつけてみました。
 再び組み立ててみると、コンクリートの天井を持つ地下空間のイメージに近づいた。あえて巨大なものを上部に配置することで、不安定な印象が作り出せたと思う。
 ただこの状態でジオラマの大きさは 68×63×90cm にもなる。



 実はこの作品は小さく分割して重ね合わせることができます。この時の大きさは75×32×14cmで一般的なスーツケースよりも小さくなります。支柱と梁、地面、そしてU字溝、
この4つは分割可能で、最小70cm×32cm×15cmのスペースに収まる。
 完成させたときのイメージを損なわないように分割方法を工夫するというのは、まるでパズルのようであるけれど、これが案外面白かったりします。





<下地作りと塗装>

7 質感を出すために、砂を混ぜた塗料をフロア部分に
 塗ってゆきます。
8 全体としては水性アクリルで塗装します、できるだけ
 濃淡をつけてリアルに仕上げます。

 色をつけると言っても、その素材ごとに質感は違います。



 ひび割れた床面は荒れたコンクリートの感じを出すためには特別な塗料を使います。モデリングペーストをグレーで着色し、小動物用の細かなトイレ砂を混ぜた
ものを事前に用意しました。乾燥すればざらっとした感じに仕上がります。
 U字溝や柱、梁は普通のアクリル塗料を使います。但しライトグレーを基本色として、そこにブラウンやブラック、または逆に白を混ぜて何度となく塗り重ねてゆく、
こぅすることで、完成してから長い時間が経過した感じが出てきます。



 同じコンクリートでも混ぜてあるものや、新旧、置かれている状況で少しずつ色や質感が変わってくる。それを表現することで、ジオラマとしての説得力のようなもの
が出てくると思う。




 梁や配管など、あえて大きな構造物を上部に配置したことで、更に圧迫感や不安定な印象が加わったと思います。



<汚し塗装と演出>

   9 まずはコンクリートに染み込んだ液体の汚れを追加します。
    

 具体的には
(A) 水で薄めたダークグレーを筆に取り、全体に濃淡をつけるように染み込ませてゆく。
(B) 上から流れた雨だれの汚れを筆で書き入れる。
(C) U字溝の側面には、変化をつけるために濃い目の雨だれを表現していますが、同時にフロア部分にもこの汚れを追加すると、よりリアル感が増します。
(D) 斑点上のシミは、塗料を染み込ませた筆を大きく上下に振ることで、塗料が飛び散って再現できる。


   10 金属部分の錆を表現します。
    

(E) クリーム色の部分は塗装を行った金属部分を想定しています。薄めたつや消しの黒を接合部分や角に流し込んで、コントラストを高めます。
(F) チャコールグレー、オレンジ、茶色などのパステルをカッターで削り、赤さび色をつくります。これをラッカー系の溶剤を染み込ませた筆にとってこすりつける
 ようにしてゆくと、自然な赤さびの表現ができます。
(G) パステルを固定し、表面を保護するために全体につや消しクリアーを吹き付けてゆく。



(H) 梁やパイプの上部にはつや消しクリアーに少量のタンを加えたものを吹き付けると、埃を被ったような感じになります。

 実際にはこういう空間はないのだけど、一つ一つ想像力を働かせてゆくとリアルな感じに仕上がってゆきます。
 とりあえず人形にポーズをとらせながら、配置や演出などを考えてゆきます。


   11 苔と植物を追加します。
    

 コンクリートの裂け目部分に苔を再現し、真ん中に小さな花を植えてみました。シンプルな空間なので、これだけでもかなりのアイキャッチャーになります。
 苔は鉄道模型で使うパウダーを3種類ぐらい混ぜたもの、水で溶いた木工ボンドで固定しています。
 花は100均で入手できる植物の花と葉を組み合わせて着色したものです。


12 柱の部分に白いパステルで落書きを書き込んで
 ゆきます。固定には艶消しクリアーを使います。
13 1/3スケールのノートと、自作した鉛筆を追加
 します。

 柱にいろいろな書き込みを入れる。入れることで地下空間のひろがりと生活感のようなものが生まれると思った。
 あとお花以外にももう一つぐらい希望の持てるものを置いてみたいと考えた。そして見つけたのがミニチュアのノート、早速プラ棒から鉛筆を作りあげました。


 

 こちらは13年前に制作し、昨年リメイクを行った ayana という人形です。今回の制作にあたって、目の部分に欠点を見つけたので微調整しました。具体的には右目の
下瞼をカーブを整え、少しアイホールを拡大しました。
 人形に最初着せていたのは、迷彩柄のトレーナーとダメージのあるジーンズという組み合わせ。空間に合わないわけではないのだけど、イメージ以上に沈み込んだ
感じにまとまってしまいそう。



 そして流れでお人形にはこんなものを着せてみました。
 こちらはもともとは1/4スケールのドール用なのですが、やや上半身を小ぶりに作っているドールなのでぴったり。人形に合わせてソックスを縫い合わせて準備は完了です。
 最初はセーラー服はやりすぎで、これではまとまらないかなとも思ったけど、実際に背景のなかに座らせたら、むしろこのミスマッチ感が見る者の目を惹いておもしろい。



 ということで3ヶ月かけて新作は完成しました。





<完成画像>












 このシーンについては、特に実際に存在する地下空間をリアルに再現したというのでなく、あくまでも自分のイメージした空間を比喩的に表現しています。
 もう陥落してしばらく時間が経つのだけど、2ヶ月にわたってロシア軍に包囲され続けたアゾフスターリ製鉄所。 そのなかでの閉塞感とか深い地下の圧迫感
のようなものを、なぜか自分が想像してしまったところから、この情景のイメージが生まれました。
 ただそれをそのままそれを表現したらあまりにも救いがなさすぎる。
 それを作品にしたとしても目を背ける人ばかりだろうし、自分だって見たいとは思わない。















 こういう空間の中に閉じ込められたら絶望感しかないのだろうか?
 それでも人々は生き抜いてゆく理由や目的のようなものを探し続けていたんだろうと思います。それは語れるような夢や希望ではなかったとしてもです。
 そしてふと風の谷のナウシカ劇場版のエンディングで見た腐海の底の風景に結びつきます。
 それは清浄なる地で新たな芽吹き。








 こうやって語ってしまうと大げさな感じですが、要するに自分が言いたいのは、最近不幸なことがすごく多く降りかかってきているように思うけど、それでも前向きに
生きないといけないんじゃないかということです。
 繰り返しになりますが、これはリアルな空間を再現したものでなく、今自分の思うところを象徴的に再現したものです。
 夢や希望はいかなる場面でも持つことができます。



2022.07
camera: CASIO EXLIM EX-ZR4100  & Panasonic LUMIX GX8 + M.ZUIKO DIGITAL 12mm-50mm  /  graphic tool: GIMP 2.8 + Ichikawa Daisy Collage 10



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