足柄古道 3

地蔵堂から関本



2023.03.15
 足柄古道を歩くという企画ですが、桜のシーズンを待って再開しました。前回に引き続き足柄古道を歩きます。今回は南足柄の関本から
松田町までの区間を歩きます。



2023.03.15 WED 天気:晴れ
09:35
 足柄古道というと明確な定めのようなものはないようですが、静岡県の小山町から足柄峠を越えて、神奈川県の南足柄市関本を経由して
松田町までの間を、今回は一つの区切りとして考えたいと思います。



 今回はこちら関本の箱根登山鉄道「大雄山駅」から旅を再開します。
 とてもレトロな駅舎で大正時代の開業、南足柄市の有形登録文化財に指定されています。駅舎内には地図やパンフレットも置いてあるので、
旅の起点としては良いと思います。

 そもそもなぜこの駅が「大雄山」と名付けられているかと言えば、大雄山最乗寺(道了尊)がここから2kmほど離れた山中にあるからです。
(駅名と地名が一致していないので外から来た人には分かりにくい)
 大雄山最乗寺は開山1394年、曹洞宗のお寺としては福井県の永平寺、鶴見の総持寺に次ぐ格式があるそうです。今回は行かなかったけど、
お寺そのものだけでなく、3km続く参道には樹齢500年以上の杉並木が立ち並んでいて本当に圧倒的です。(県天然記念物)
 そして天狗伝説も残っており、境内には多くの下駄が奉納されています。




 関本が繁栄したのは足柄古道の宿場町であったというだけでなく、最乗寺の門前町でもあったということも理由として大きいと思う。
 最乗寺だけでなく、近隣の山間にはものすごく古い神社やお寺が多いです。ここ箱根外輪山の一つ明神ヶ岳の麓は、昔は神様の住む神聖な場所
だったと考えられていたんだろうと思う。今もなお山岳信仰と結びついた主教都市的な雰囲気があります。
 上の画像は南足柄神社で室町時代の創建です。周囲の樹々がものすごく高い!






 あとこの関本周辺の特徴は起伏があって真っすぐな道がない。網目状の細い道が続いていて、その交差するところに道標や道祖神、
お地蔵様など、いろんなものが置いてある。
 再開発などされてなく、おそらくは昔のままの景観が残っているんだろうと思います。
 こういうところだから、昔旅人たちが立ち寄ったと思われるような場所を巡って松田町に向かおうと思います。





09:55
 こちらは「清左衛門地獄池」と呼ばれる場所です。
 湧水で満たされた池があり、その中央に厳島神社がある。 (日本の名水100選に選定されている)

 

 ここには滝などもあり、冷たくてとても透明度の高い湧水があふれ出す。この南足柄は湧水の豊富なところとしても知られる場所です。
 ちなみにこの湧水は箱根に降った雨が長い時間かけてあふれ出しているものだそうです。





 自分たちが訪れたときには春めき桜が満開でした。



 ここはそれほど多くの人が集まるところではないけれど、とても静かな別世界。南足柄を訪れたのなら、ぜひ立ち寄りたい場所の一つです。
(近隣に駐車場はないので要注意、一番良いのは大雄山線の「富士フィルム前駅」から徒歩10分)



 

 こちらは臨済宗円覚寺派の極楽寺です。開山は1344年で今川家ゆかりの寺、今川基氏の子五郎入道範国が父の菩提を弔うために創建したと
伝えられます。
 境内の裏手にある小さな森がけっこうすごい。巨木がの森が何本もあってトトロとかが居そうな感じがする。
 あとはこの梵鐘の木彫が見事です。



 下を見ると色とりどりの苔がいちめんを敷き詰めている。これだけもふもふの苔絨毯はすごいかも。





10:35
 引き続き南足柄市の関本から松田町方面に向かって足柄古道を歩きます。

 

 こちらは近年、狩川に沿って整備された春木径という遊歩道です。
 大雄山線の「富士フィルム前駅」から近いこともあって訪れる人も多いです。両岸に300mほどの桜並木が続きます。



 「春めき桜」というのは、白っぽい八重桜に似た感じの突然変異種で、その名前は同市の名誉市民である富士写真フイルムの創設者に
よって命名されたものです。特徴としてはソメイヨシノより開花が10日ほど早いこと、花数が多くてボリュームがあり、香りが強いことなどです。






 狩川には菜の花がいちめんに咲く場所もある。
 富士、矢倉岳、狩川が一列につながる。
 おそらくはこの風景、古の時代より、この足柄古道を行く旅人の道標となっていたに違いない。



 

11:15
こちらは善福寺という立派なお寺です。
 高台から眺める景色は南足柄を一望できる絶景です。 「鎌倉殿の13人」では第1回から登場していた伊東祐清という伊豆の有力御家人がいましたが、
その息子である伊東祐親は一族を弔うために出家し、南足柄に阿弥陀堂を建立したといいます。(曽我兄弟とは従妹の関係)
 一方の善福寺はもともと大磯の地にありましたが、打ち壊しとなったために寺基がこの阿弥陀堂に移転、その後この高台に改めて再建されるという歴史
を持っています。




 そのすぐ裏にある範茂史跡公園です。
 鎌倉時代、北条義時が幕府の執権を務めていた時期、後鳥羽上皇は幕府を打倒するために挙兵しましたが、これに失敗して上皇ほか多くの公卿が
処分されました。(承久の乱)
  上皇側の公卿 藤原範茂卿はとらえられて京都から鎌倉に送られる途中、自ら願い出てこの地で死なせてもらうことにしたという。上の画像は彼が
葬らえた場所に立てられた宝篋印塔です。

辞世の歌に  思いきや
苔の下水  せきとめて
月ならぬ身のやどるべきとは







11:40
 再び「春めき桜」です。
 JAかながわ西湘福沢総合選果場の近くにあるこの並木がいちばん規模が大きいかな。
 傾斜面に沿って波打つように続く春めき桜の光景は圧巻です。

 

 この並木の間から西丹沢の山々も望める。この風景もまた良しです。


 

 南足柄ではこの「春めき桜」があぜ道や土手など、あちこちに植えられていて、この時期にはどこからでも桜が望める、そういう感じです。







12:10
 南足柄の「春めき桜」を堪能したあと、お隣の開成町に入ります。ここには絶対に立ち寄っておきたいところがあります。
 こちらは瀬戸酒造さん。1865年創業ながらも1980年にはいったん酒造りを中断、そして4年前、38年ぶりに醸造を再開したという、この状況下では
奇跡的な酒蔵でもあります。
 でも再開してからわずか数年で、賞を取れるようなお酒をたくさん醸造できるような、今いちばん勢いのある酒蔵かもしれません。

 

 あとこちらの蔵の庭では角打ちも楽しめる。
 頑張って駅から歩くのが吉です。
 以前はshopで購入してから奥でいただくスタイルだったのですが、今は利自動販売機がセットされていて好きなものが選べる仕組みです。
お代はワンコイン(500円)。

 今回は「あしがり郷 零号∞(ゼロゴウムゲン)」という、こちらも少量生産のお酒をいただいたのですが、なかなかに印象に残るお酒でした。
あじさい花酵母を用いた特殊な仕込みをしているそうで、独特な芳香をまとった甘美な酒。一瞬、まるでシェリーの樽で寝かせたのかなとおもう
ようなまろやかさでした。
 合わせるおつまみはマンゴーなどの果物かなとおもったのですが、蔵人はガトーショコラが合うのではと言ってました。

 このあたり(開成町)こは富士山の水(軟水)、ちなみにこれまで歩いてきた南足柄は箱根水系(超軟水)、この先の松田にも酒蔵があるのですが、
そちらは西丹沢水系の硬水を使っているそうです。
 距離としては4kmほどしか離れていないのですが、それだけこのあたりは地下水脈が豊富だということです。
 それに加えて、このあたりは酒匂川のつくった平原が現在は広大な水田として使われているわけで、ある意味、水と米という酒造りに必要な原材料が
豊富にある酒造りに適した場所と言えるでしょう。

 ちなみに南足柄の近年の繁栄は富士フィルムとアサヒビールの工場の存在が大きかったと言われているけれど、もともとはこれらのメーカーも豊富な
水源があることに惹かれて、この地に生産拠点をつくったわけです。



 

 ほろ酔い気分になったところで、すぐそばにある「あしがり郷 瀬戸屋敷」で休憩です。ここは江戸時代に建てられた古民家を移築した観光施設で、時々
イベントなども行っています。(基本的には入館無料)
 ボケの花がきれいに咲いていました。



 周囲には清らかな小川が流れ、屋敷内には水車もある。お散歩の途中の休憩にはちょうど良いです。



 近くには農産物の直売所とか、ちょっとおもしろい骨董や雑貨品を売るお店もあって、少し不便なところではあるけれど、足を運んでみると楽しいところです。
 近くにはアジサイの名所もあって、その時期には人々で賑わいます。





13:25
 その少し先で、ラシーヌという小さなパン屋さんを発見、試しに買ってみたらとっても美味しかった。
 ものすごくしっかりしていて味が濃く、うまみのあるパンでした。けっこうここは良いかも。








 酒匂川にかかる十文字橋を渡る、ここから先は松田町です。
 酒匂川は幾度となく氾濫を繰り返してきた河川で、関東に入る最後の難所と言えるかもしれません。







13:35
 十文字橋を渡ってすぐのところにある寒田神社です。すでに西暦400年代には存在していたとされる古社で、古代より足柄峠を越える旅人がここを訪れ、
旅の安全を祈願したという。また日本武尊が東征の際に立ち寄ったという伝説もある。



 今に比べれば、旅をするってことはかなり危険なことで、未知の世界に足を踏み入れるのは、かなりの部分で賭けの要素が大きかったと思う。それでも
人々が道を切り開き往来を続けたのは、まずは交易により利益が大きかったに違いない。そして未知なる大地に興味を持ち探求しようとする冒険心が、
今我々の時代よりずっと強かったに違いないです。



2023.03
camera: Canon Powershot G9X Mk.2 / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio pro 7 + GIMP 2.8 + Ichikawa Daisy Collage 10



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