2024





金乗院



2024.01.06 SAT 天気:晴れ
7:45
 寒いなかですが、先日別荘のある那須に行ってきました。特に那須に行って何かやろうとか、何をして遊ぼうとかはあまり考えないで、気が向いたところに出かけて行って、
あるがままを楽しむ、それがいつものペースです。
 この日も東北道を上河内SAで降りて適当にドライブします。

 途中、羽黒山神社に立ち寄ることにします。
 羽黒山神社はけっこう山深いところにあって、細い林道をずっと登ってゆかなければなりません。でももう元旦からはかなり時間が経ち、しかも早朝ということで車はほとんど
通らず、展望台近くの駐車場まではスムースにたどり着きました。
 こちらの神社、名前が同じなのですが、山形県の羽黒山とは直接の関係はないようです。



 標高が約460mほどの山の山頂近くに建てられており、駐車場からもけっこうな数の階段を上って参拝することになります。
 栃木県での最初の初詣は羽黒山神社。
 とっても厳かな雰囲気で、社殿の木彫がすごい。毎年11月には300年前ほど前から続く梵天祭が行われてたいそう賑わう。その創建は康平年間(1058~1065)で宇都宮氏の
初代当主 藤原宗円によるものとされています。上河内で篤く崇敬され続ける存在で、愛称は「おはぐろさん」。



 山頂の駐車場近くには展望台があって、北関東一円を展望できます。
 左手に見えるのはおそらく筑波山、付近に遮るものがないので、地球がなんとなく丸いことを感じることができるぐらいです。早朝だとこの景色も独り占めです。

 

 石鹸のような香りを感じて上を見るとロウバイが咲いていました。
 黄色い枯葉のなかではその存在に気付かず、まずは香りで気づく。そして青い空に映える黄色が美しい。



 ロウバイは1本でなく、100m近くにわたってロウバイのアーチができていた。
 この日の始まりは最高でした。



8:55
 羽黒山神社に行った後はもう一度東北道自動車道に乗り直すことはせず、そのまま箒川に沿って那須高原を目指します。天気も良いし空気も乾いていてドライブには最高です。

 

 寄り道したのは川崎城址です。
 川崎城は鎌倉時代(約800年前)に塩谷地方を領有していた塩谷氏の5代朝義が宇都宮業綱の次男朝業を後継者に迎え築城した川崎城の跡地を整備した公園です。
この地で那須氏などとの戦いが幾度となく繰り広げられたという。規模の大きな半山城で、今も空掘や土塁、本丸や二の丸などの遺構がはっきりと残っています。

 この日は梅などが咲いているかと期待したのですが、まだまだ全然速かった。みんな凍り付いていて、霜柱がザクザクしてました。





9:40
 途中、矢板を通過したのですが、たまたま見つけたのは矢板市立郷土資料館です。もと小学校の跡地につくられたという矢板の歴史や文化が学べるという施設でしたが、
残念ながら現在資料の大規模整理をしているということで休館中でした。
 ただ展示内容は「矢板市デジタルミュージアム」からその概要を知ることができます。



 このあたりはとっても歴史ある地区のようで、矢板市内でもけっこう栄えていた場所らしいです。
 ということで少しだけ周辺を散歩してみました。その昔、このあたりを東武鉄道の矢板線が通っていたということだけど、その痕跡は分からなかった。



「関谷街道」に沿って街並みは続き、ものすごく立派な構えの家が何軒もある。こんな立派な門だと、なかに2家族ぐらい住めちゃうだろうな。
 東武矢板線が廃止になったのは1959年、今は資料館となった上伊佐野小学校の廃校が2009年、やはりこの周辺の人口は少しずつ減ってきているんだろうと思う。





10:20
 少し北上して那須塩原市に入る。
 こちらは嶽山箒根神社高清水です。創建は806年、鳥居の左手に並ぶのは歴代の領主の墓だという。それほど大きな神社ではありませんが歴史を感じる佇まいです。

 

 何よりご神木をはじめとする杉の巨木の存在感がすごいです。





10:40
 この一帯は箒川や内川など、那珂川水系・荒川水系の河川が何本もあって昔から豊かな穀倉地帯でした。ただそれゆえに領地を巡る戦は何度となく繰り返されてきた。
 こちらは野沢城址、塩谷氏の支城だったところです。1584年に大田原氏に攻められて落城したと説明にあります。一見、平坦に見えますが、ここは曲輪だったところで、
ここにやってくるには苔生した急な階段を50mほど登らないといけない。

 建物の方は912年創建の箒根神社で、もともとは平地にあったものの洪水の被害を受けて城址に再建されたものだという。





 こちらは要金寺、一見すると地元密着のよくあるお寺さんでが、すでに1000年近い歴史があるという。
 こちらのお寺は全く観光とは無縁なのですが、その境内はすごく整った庭園のようで見応えがあります。さほど広くはない境内ではありますが、鐘楼や仏像、起伏ある
境内や池、滝など一流の人物が造園したって感じがします。



 新年なので、真っ赤な衣を皆さんお着換えしてました。



 別に観光地じゃなくても、歴史のあるところを巡るのって面白い。原因と結果が結びついて、なるほどって頷けるときが嬉しい。なぜならその時、その時代の風景を思い
浮かべることができるからです。想像力は時代を越えてトリップできる手段です。




12:10
 那須は基本的に避暑地として知られていて、特に11月の紅葉のシーズンが終わると3月になるまではとっても静かです。だからこの期間はお休みというお店も多いです。
 今回はそんな冬の那須でおすすめのスポットをご紹介します。もちろん自分のおすすめスポットというのは、ドール撮影に向いたという意味ではありますが。






 こちらはコピスガーデンです。基本はお花屋さん+フラワーパーク+レストランみたいなところです。フラワーパークは普段は有料なのですが、冬のこの時期は無料で公開しています。

 

 凍り付いた池やドライフラワーになった花壇がなかなかに渋い。葉の落ちてしまった林からはひたすら青い空が覗き、バードウォッチングもできる。



 こんなところにお友達が隠れてました。

 

 これが春になると一気にモネの絵画のような空間になる。





12:45
 那須高原は様々なアーティストの住むところとして知られていて、ギャラリーや年に何回かのイベントでその作品を見ることができるだけでなく、ちょっとした喫茶店やバー
などでもそれらを展示していたりします。
 さてその一つギャラリーバーンに今回も立ち寄りました。
 現在はオーナーの清野さんの作品を中心とした常設展を開催中です。

 

 

 こちらは動くおもちゃシリーズの一つではばたく飛行機、空を飛ぶもののメカニズムをいったんすべて開放して組み立て直した感じです。こういう「天空の城ラピュタ」に出て
きそうなものがいっぱいある。



 こちらは以前からある蒸気機関車シリーズです。完成度が高くって、本当にモデルになったものがありそうに見える。実際には存在しませんがリアル感がすごい。機械の本質をとらえて
再構築する、この構成力とアイディアが秀逸です。



 こちらも評判の立体コラージュ的な作品です。
 こういう作品は、失礼ながらある意味ガラクタの再生品なわけで、実際には使うかどうか分からないようなものを大量にストックしておく必要がある。そしてそこからいくつかを選んで
組み直すという発祥の豊かさが必要です。

 こういう発想力の高いものを見るとジオラマづくりのヒントになったりします。モノつくりの道に入り込んでしまった方にはとっても参考になると思います。間違いなくものを見る目が進化する。



 こちらも以前よりあるペーパークラフトの家シリーズですが、以前とは変わった。何が変わったかというと、以前はすべて床やテーブルに置かれていたのですが、それを壁に取り付けて光で
魅せるように工夫している。



 こちらは高さ10cmの小さな作品ですが、2つのスポットライトで影をつくっている。
 もう完全に目から鱗です。



 現在多くの美術館は暖色系のやや暗い照明を使っている。LEDになって紫外線の影響も少なくなっているはずなのに、ここは変わらない。
 もしも美術館の照明が舞台照明のように変化させることができたり、自然光を使うことができるようになったら、そこにある作品の見え方は当然変わってくるだろうし、
最終的には作品制作も変わる可能性があると思います。



 

13:50
 話はまたドール撮影ポイントの話に戻ります。
 今日二つ目の撮影ポイントに選んだのはアジアンオールドバザールです。アジアンオールバザールはバリ、ベトナム、タイ、ネパール、インドの5カ国のテーマが異なる
ショップがあって、それぞれで衣料品や雑貨が買えるというもので、レストランも併設されている。
 ご覧の通り異国情緒がたっぷりで、簡単に海外旅行に出かけたような写真が撮れます。



 たとえばこんな感じです。
 ただ結構な人気店なので、できるなら平日に訪れたいところです。



 



14:25
 最後は那須ステンドグラス美術館です。英国のコッツウォルズ地方にある中世の貴族の館を模した美術館で、自分は2回ぐらい入ったことがあります。もちろんステンドグラスを
はじめとする装飾やパイプオルガンの演奏が素敵なところなんだけど、お庭の散歩だけでも十分に楽しいです。 (入館しなくてもショップ利用やお庭の見学はOKです)



 この時期は人の少ない分、のんびりとこういう施設を回ることができます。
 なんか半日で世界旅行をしたような写真が撮れちゃいました。







17:25
 今日もいつもの殻々工房にやってきました。この黒板のメニューを眺めているだけで幸せになれます。

  

 ニョッキのクリームソースが抜群に美味しい。
 お酒はメイエールのアルザスウイスキー ピノアール フィニッシュが抜群のバランスで美味しかった。連れの注文したのはザクロのカクテルで、
味はもちろん見た目と舌触りが抜群に良い。



 お年玉にチョコレートいただきました。
 また今年もよろしくお願いします。





2024.01.07 SUN 天気:晴れ
6:20
 最近我家でブームになっているのが、夜明け前に朝ご飯を持って景色の良いところで、夜明けの風景を眺めながら朝食をいただくというものです。
 那須から自宅のある神奈川に戻る日の朝、買っておいた朝ご飯をレンジで温め、クーラーボックスで保温しながら東那須野公園を目指します。



 とっても寒い日だったので、朝食は車のなかです。
 こんな感じで夜明けの景色を眺めながらの朝食は最高の贅沢だと思う。



 とっても寒い日だったのですが、きれいな風景についついお散歩に行って見ようかな、などと思ってしまった。

 

 田んぼの真ん中にそそり立つ地蔵堂、下から見ると迫力がある。
 こちらは金乗院というお寺の奥の院になっているそうです。総けやき造りの建造物で施された木彫も見事です。
 太陽の光がようやく地面まで下りてきて、延々と続く田んぼを黄金色に照らす。



 金乗院は奥之院から400mほど離れたところにあります。
 寺伝では806年に弘法大師がここを訪れた際、地蔵尊の霊夢に会ったことから一夜の内に自ら尊像を刻み、この地を霊場と定めたところからお寺の歴史は始まったという。



 境内はそれほど広くはないけれど、いくつもの地蔵尊や不動尊、大日如来が安座していて見応えのある佇まいです。



 そして毎年6月28日に開催される「那須波切不動尊火まつり」では全国より行者が集まり、多くの参拝者で賑わうといいます。





8:00
 東那須野公園に戻ってきたら南東斜面の牡丹の並木道が赤く彩られていた。
 極寒の冬の朝、こういう朝のお散歩も悪くないと思いました。





2024.01
camera: Panasonic DMC-TZ-60/ graphic tool: SILKYPIX Developer Studio Pro.7 + GIMP 2.8 + Ichikawa Daisy Collage 10








宇都宮ライトレール



2023.03.09 SAT 天気:晴れ
8:30
 久しぶりの那須です。今回はその途中で昨年8月に開通した宇都宮ライトレール(LRT)に乗ってみることにしました。
 LRTは宇都宮と芳賀・高根沢工業団地の間を結ぶもので、途中たくさんの学校や住宅地、工場などを経由しています。所要時間は普通列車で44分です。
 ライトレール というのは路面電車と通常の電車の中間的なもので、排気ガスを出さない分、自動車などに比べると環境に優しい交通機関と言われています。



 やってきた駅は「飛山城跡駅」です。今日はここから「宇都宮東駅」までの間を往復する予定です。
 何故この区間を選んだのかというと、一つには飛山城址を見学するつもりだったこと、駅に無料駐車場があること、そしてここから芳賀方面は工業団地になってしまうので、景色がそれほど良くないのでは
ないかと思ったからです。(違っていたら、ごめんなさい)
 このLRTが画期的なのは、駐輪場はもちろんいくつかの駅には駐車場がそなえられていて、LRTにリンクしてバス停があったりコミュニティバス運行されているということです。地域の交通手段をLRTの駅を
中心に整理しなおしたってことだと思う。
 運行は日中でも12分間隔、もちろん交通系ICカード使えます。



 駐車場に着いたときLRTがちょうど出発するときだった。「あー、やっちゃった」って感じだったけど、すぐ次がやってきた。素晴らしい。



 乗ってすぐ鬼怒川をLRTで超える、景色がとっても良いです。



 運転席のすぐ後ろに陣取って、運転席周辺を眺めていた。
 まず言いたいのは運転席が中央にあってせっかく一番前に陣取っても、前方が見にくいことです。あと基本的に富山で見た景色と同じなんだけど、かなり運転に感じては自動化されているみたいです、
 運転士は、おそらくは緊急ブレーキと思われるレバーに右手を置いているけど、操作自体はドアの開閉のみで、あとはほとんど自動化されている感じです。
 ドアの開閉と料金の受け渡しさえなければすぐにでも無人化できるでしょう。
 多分、将来的にはそうなる可能性が高いです。



 宇都宮市外に入ってくると交差点が多くて、信号待ちが頻繁に起こります。  LETはスピードについてはバスに近く、料金は電車に近いイメージかな。



9:05
 宇都宮駅の東口に到着です。19分間、250円の旅でした。
 通勤通学を主目的として考えられたLRTということでしたが、行ってみたら土曜日だったこの日も満席状態でした。ニュースでも滑り出し上々と伝えられていたけど、結構な人がこのLRTを目的にやってきている
ような感じでした。



 宇都宮ライトレールのHPを見たら、平石駅にある本社の基地見学会が開かれるとか、ラッピング電車のスポンサー募集とかのお知らせがありました。
 可愛いラッピングのNゲージのLRTが出たら、きっと自分も買うと思います。





9:30
 ただ飛山城跡と宇都宮の間を単に往復するだけではつまらないので、ちょっとだけ宇都宮市内もお散歩してきました。そういえば宇都宮を訪れるのも久しぶりです。
 宇都宮の繁華街はライトレールの終着地でもあるJR宇都宮と東武宇都宮の間に広がっていて、主だった施設や庁舎もこのあたりに集中しています。とはいっても関東の南部に比べると、高層建築と言える
ようなものはまだないです。

 

 こちらは宇都宮二荒山神社(ふたあらやまじんじゃ)は、宇都宮の中心部、明神山と呼ばれる標高135mの小高い丘にあって、ここから市街地が一望できるようなところです。
 創建は353年というから、その1600年以上もの歴史があるある古社です。ちなみに宇都宮の地名は、ここが神社の格付けで下野国一宮であることから、「いちのみや」が転じて「うつのみや」なったという
説があるそうです。
 日光にも二荒山神社がありますが、こちらの読み方は「ふたらさんじんじゃ」であって、直接の関係はなく祀っている祭神も違うそうです。



 こちらはオリオン通りです。懐かしいアーケードが残っているのは珍しいかもしれません。しかも全国には寂れてしまったアーケードが多い中、結構にぎわっていて、市民広場のオリオンスクエアでは常にイベ ントが
開催されているところです。
 1931年に東武鉄道新栃木―宇都宮間が開通すると宇都宮はたくさんの人の集まるところとなり、こういった賑やかな商店街が誕生することなった。歴史の古い商店街だからこそ、今はやりのお店だけでなく、乾物屋さん
だったり、駄菓子屋さんだったり、すでに全国では消えてなくなってしまったようなお店がたくさんあって、自分には貴重な風景に見えます。



 でもやっぱり人が集まるのはここ、宇都宮FESTAです。(自分のような人間は、ということですが)
 ボークス宇都宮ショールームを筆頭にして様々なフィギュアやプラモデル、模型工作用品などを取り扱うお店が集います。北関東随一というけれど、もうここは秋葉原そのものです。

 

 オリオン通りを少し外れたところにある「かまがわプロムナード」です。
 宇都宮市の中心市街地を流れる釜川を憩いのスペースとして整備しています。街中にこういうスペースがあるのは貴重です。

 

 この川を見下ろす喫茶店で今回は休憩しました。



 旭町にある大いちょうです。宇都宮城三の丸跡に位置し、2020年現在の樹齢は約400年と推定されています。
 第二次世界大戦では宇都宮空襲で被災したものの、翌春には芽吹いたことから、宇都宮の復興のシンボルと称されているところです。

 

 カトリック松が峰教会は大谷石建築としては現存最大級のロマネスク・リヴァイヴァル建築です。1932年に建造されるも戦禍で被害を受け、その後修復されて1998年に国の登録有形文化財に登録された。
 入館は無料なんだけど、この大谷石でできた建物には維持管理のための費用が必要とのこと、自分たちもいくばくかの寄付をしてきました。
 あらためて見ると、宇都宮って新旧が入り混じっていて、しかもコンパクト。けっこう面白いと思います。





12:15
 飛山城址駅と宇都宮東駅を往復した後、駅名になってる飛山城を訪れてみました。ちなみに宇都宮ライトレールのなかで最も景色が良くて、最大の観光スポットはこの飛山城址駅だと思う。



 こちらが城址公園の入り口です。ごらんの通り土塁や堀がきれいに保存されている。天守閣の残っているお城ならともかく、400年以上も前に廃城となったお城で、これだけ保存状態の良いものはないと思います。
(国の指定史跡)
 飛山城は鎌倉時代の後期に宇都宮景綱の家臣・芳賀高俊によって築かれたといわれ、その後300年以上の長きにわたり様々な攻防の歴史を経て造成が続けられ、最後は豊臣秀吉の命によって廃城となる。

 

 このあたりの歴史や背景、そして城郭のジオラマなどは隣接する「とびやま歴史体験館」で見ることができます。入館無料なのはありがたい。
 あとこちらでは頻繁にイベントなども行われているので、HPなどで確認してから行ってみるタイミングを考えると良いかもしれません。



 鬼怒川の東岸の段丘面を利用して築城されているので、特に城の北側からの眺めは絶景です。
 現在残されている遺構は約14ヘクタール、そこに7つの曲輪と何重もの堀が残されていて、当時の宇都宮氏の一大拠点だったことが分かります。

 

 現在では発掘調査の情報を基にして、敷地内にいくつかの兵士の詰め所や貯蔵庫などが復元されています。また出土品のいくつかは先のとびやま歴史体験館にも展示されている。



 お花も咲いていて、とっても素敵なところなんだけど、人は結構少なめです。
 自分が思うに、名所というのは人が集まるところやネット上の評価が高いところじゃなくて人それぞれによって違う。自分はきれいな花が咲いていて、さりげなく歴史を感じるところが好きです。





14:25
 長い寄り道の後、やっと那須にたどり着いた。那須に行くと必ず立ち寄るのがギャラリーバーンとBUZZなのですが、またまた面白いものが出現していました。



 ギャラリーバーンでは例によってオーナーの清野さんの作品が大量に展示中されていました。
 コーヒーなどいただきながら、最近の那須の状況とか、作品制作の方法や様々なアイディアについて会話がはずむ。

 

 これはいわゆる起き上がりこぼしというおもちゃで、もちろん清野さんの手作りです。
 かわいい。トトロやこういう動物たちをデフォルメして起き上がりこぼしにすると、また別な可愛らしさが出てきます。

 

 こっちはボックスアートの新作です。こういう構想ってジオラマにつながるものがあって面白い。参考になります。

 

 感心するのは質感の出し方です。ペーパークラフトなんだけど、ちゃんとさびてる。

 

 こっちはBUZZに展示されていたものです。ペーパークラフトの家を白い壁に貼り付けて展示している。
 こういう感じで空間を埋めるというアイディアが素晴らしい。



 こちらはスルメ、どこから見てもスルメ。
 でも食べられません。こちらも清野さんの制作物でその表現力には脱帽です。







17:10
 晩御飯は例によって、ギャラリー&バーの殻々工房です。
 暖かい時期だと、予約なしでは入店できないことも多いのですが、さすがにまだ人の多くない時期なので、すんなりと入れました。

 

 暖かいラムがしみる。
 身体が温まったところでいただいたギネスとエビのフリッターが、本日のベストチョイスでした。



 ふと気付くと、外では雪が降り始めていました。
 まだまだ4月までは長い冬が続きます。





2024.03.10 SUN 天気:晴れ
5:50
 やることもないので早起きしました。

 

 寒いとはいえ、春は近い。庭に置いてあった巨神兵が雪から顔をのぞかせている。



 寒いので朝ご飯はカレーうどんと宇都宮餃子です。





8:40
 翌日は久しぶりに歴史散歩をしようと、大田原市の黒羽地区を目指します。今でこそ東北自動車道や国道4号線が北に向かう最も主要な道だけど、その昔は今の国道294号線にあたるところが東北と関東を結ぶ
街道で、今も宿場町の面影を残すところがいくつもあります。

 

 こちらは黒羽にある物産センター「くらしの館」です。移築された古民家には人間国宝の竹細工や雛人形が飾られていました。
 物産センターの方も人気があって、新鮮なお野菜が安く手に入る。あとはお蕎麦が美味しい。









 こちらは笠石神社です。江戸時代に大金重貞によって、現在は国宝となっている那須国造碑がこの地で発見された。当時この碑のことを知った徳川光圀はこの碑の調査と保護を命じ1691年に笠石神社が
創建されたという。
 解説には「日本考古学発祥」の地とあります。

 

 こちらは近くにある「大田原市なす風土記の丘湯津上資料館」です。(入館100円) 右側の画像は国宝に指定されている那須国造碑のレプリカです。
 館内にはこの碑の建立をテーマにした展示や、縄文から古墳時代に至るこの地の様々な出土品とその解説があります。

 碑の文面によれば西暦700年、当時の那須国を治めていた那須直韋提(なすのあたいいで)の没後、その子である意斯麻呂(おしまろ)父の偲んで建碑したと記されている。また使われている「永昌」という
元号は、日本でなく当時の中国のもので、下野毛国に帰化した新羅人が碑文に関わった可能性が高いとされています。



 こちらは資料館の前にある上侍塚古墳で西暦400年ごろの築造と推測されています。全長114mの巨大な前方後方墳で、こちらも徳川光圀の命により日本最初の学術発掘調査が行われました。



 周辺は古墳群の宝庫と呼ばれるところで、その数20基、それらはみな田んぼの中にあってちょっとしたハイキングコースになっています。
 古代が最も近い地域、そう言い切れるような場所です。





 

 こういうところだから、お地蔵さまや石仏、そして様々な碑文や道標のようなものがあちこちにある。  この旧東山道をいったいどれだけの人々が往来したのだろう?

 

 小さな農産物直売所があったので入ってみた。なかではおばちゃんたちが5~6人集まって談話中でした。
 こちらもお野菜が安い。あとは卵を買いました。ちなみに500円で20個ほどあったのですが、抜群に美味しかった。



 

9:55
 こちらは光丸山法輪寺というお寺です。但し「光丸山」のほかに「正覚山」の部分があって、異なったお寺が複合されているという。また三つの鳥居があって、11月3日の本祭では寺院としては
珍しい神輿の渡御が行われ、今も神仏習合の形態を色濃く残しているのも特徴です。
 こちらは慈覚大師円仁によって860年に開山されたと伝えられるが、こちらも諸説ある。
 右は大天狗面で高さ2,14m、重さ1トンで木製の天狗面では日本一といわれています。



 こちらは西行桜と呼ばれる巨大な枝垂桜です。
 本当にこちらのお寺には見どころと謎がたくさんあります。



 多少なりとも歴史が好きならば、国道294号線(旧東山道)沿いはとっても良いところです。想像力を働かせると、昔の風景を思い浮かべることもできるかもしれません。
 ちなみに法輪寺の三つの鳥居ですが、三つ目の位置がやっと分かりました。(二つはすぐに見つかる)
 こちらは桜が満開の時に訪れてみようと思います。



2024.04
camera: Panasonic DMC-TZ60 / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio Pro.7 + GIMP 2.8 + Ichikawa Daisy Collage 10








桜めぐり



2024.04.04 SAT 天気:晴れ
8:50
 毎月一回程度は那須で遊んでくるのですが、さすがにこの季節だと「桜めぐり」をしたくなります。
 もちろん人のたくさん集まるような名所も悪くないのですが、自分としては知名度は高くなくても、知る人ぞ知るといわれるような名木や絶景を見てみたい。



 そして今回まず選んだのは泉崎村(福島県白河市のお隣)にある大泉山昌建寺のシダレザクラです。
 昌建寺は1509年の創建といわれる曹洞宗のお寺です。



 境内に上がってみると、お寺全体を覆うようなとても大きな桜でした。
 樹齢は230年以上ともいわれ、村を代表する名木として、2007年には村の天然記念物として指定されました。

 

 お寺の全体はこんな感じで、シダレザクラ以外にも何本かの異なった種類の桜が植えられている。だからこの季節はこんもりと盛り上がったお寺の境内全体が、濃淡のある桜色に染まる感じです。

 

 泉崎村にはソメイヨシノを初めとしたさまざまな桜が約3000本もあるそうで、民家の庭先、駅、田んぼの外れなどにこのような花を見ることができます。
 もちろんこの季節だと新緑や菜の花の黄色も彩の一つ、村全体がパステルカラーに覆われる感じと言ったら言い過ぎかな?
 やはり人の住まなくなった家がいくつもあって、実際にはそれが目についてしまいます。ここも人口の減り続けている地域であることに間違いはない。

 それでも桜はこれからも丘の上から村人やお寺を訪れる人を見守り続けるに違いありません。
 昌建寺のシダレザクラは印象に残る名木だと思います。



9:40
 福島県の泉崎村にある昌建寺のしだれ桜を見学した後、那須方面に戻ります。道路に「烏峠稲荷神社」の案内があって、それほど遠いところでもなさそうなので、ちょっと立ち寄ってみることにしました。



 平坦地に一の鳥居があって、そこから急で細い道を車で上ってゆく。 「これじゃまるで、ぽつんと一軒家だな」  途中、神社の駐車場があって、今度は急坂を徒歩で上ります。



 歩くこと15分ぐらいで、峠の頂上付近に出ました。
 この峠に目的地だった烏峠稲荷神社がありました。



 烏峠稲荷神社の創建は平安時代の初期に遡ります。
 東夷東征の任に着いた藤原俊仁が苦戦を強いられて敗走、烏と白狐に導かれて峠にたどり着く、そしてその山頂の小さな祠で戦勝祈願をして再び戦を挑んだという
伝承があります。
 その故事から藤原俊仁は828年に峠の山頂に社殿を造営し、峠を烏ヶ嶺と名づけたと伝えられます。



 こちらは本殿横の小さなお稲荷さんですが、歴史を感じます。山門などこのほかいくつか建造物がありますが、そこから感じる歴史的な重みがすごい。
 でも本当にすごいのは、これらの重い資材を下から運び上げた人間なのかも。

 

 こちらが本殿です。
 それほど大きくはないけれど、その木彫は見事。こちらの本殿は江戸時代に白河藩主松平定信が修復したものだという。こちらの神社は知名度こそそれほど大きくないけれど、様々な
人物がこの神社と関りを持っている。
 834年、弘法大師が修行、1052年、源頼義が前九年合戦の戦勝を祈願し社殿を修復、1196年、源頼朝が奥州合戦の勝利に感謝して社殿の造営などなど。



 神社の北側にはカタクリの群生地がある。



 でもなんといっても、山頂からの風景は最高です。
 でも吹きさらしの山頂だから建物の老朽化は著しい。これまでもたくさんの人が修復をしてきたのだけど、だんだんそれも厳しくなってきているみたいです。村役場でも神社と協力して
3年前に大規模な修復工事を行ったそうです。



 でも正直、もっと本格的な修復をする必要があるように見えました。  地方が衰退してゆく現在、日本全国でこういうところは多いのだろうと思います。







11:15
 福島県 泉崎村から戻ってきて向かったのは、那須塩原の寺子というところです。旧奥州街道の間宿だったところで、今でも古い町並みの残るところです。



 ここに樹齢350年、樹高16mの見事なエドヒガンがあります・・・。がしかし今回は遅かった、ほぼ花の9割は散っていました。今年は桜の咲くペースは自分の住む神奈川と
関東北部ではあまり違いがないみたいです。
 このエドヒガンは「寺子のサクラ」として親しまれており、墓地に眠る人の冥福を祈るために江戸時代に植えられたものと伝えられます。(那須塩原市の天然記念物)

 でも一方でソメイヨシノやヤマザクラは満開の状態、寺子の集落のあちこちで見事な桜を見ることができました。



 こちらは余笹川見晴らし公園です。このほかにも陸羽街道の一里塚などの桜もきれいでした。でも訪れる人は少なくて、この風景のなかにいたのは自分たちだけです。



 橋のたもとには大きなお地蔵さまがいました。
 写真に撮ってしまうと小さく見えますが、台座を含めた高さは2.9mもある、これだけ迫力のあるお地蔵さまも珍しい。こういうものが普通に消防団の車庫の横にあったりします。
 江戸時代の享保年間に大飢饉があって、たくさんの人が飢餓によって亡くなりました。こちらはそれを供養する為に建立されたということです。これも自分は名所だと思います。







12:10
 一時は那須も新型コロナの影響でとっても静かだったけど、少しずつイベントの数も元に戻ってきて賑わいだ感じです。とはいっても、冬の間はやはり寒くて訪れる人は少ない、だから
これからがある意味で本番という感じかな。

 

 春になるとここギャラリーバーンや、ギャラリー&カフェのBUZZで開催されるのが「野鳥と巣箱展」です。那須在住の作家の作品が並びます。

 

 こちらの巣箱は単にアートとしてつくられただけでなく、実用品でもあります。ちゃんと野鳥が中に巣をつくります。我家でも以前に一つ買って庭の樹にくくりつけてあります。






 こちらは木彫のリアルな野鳥たち、きちんとその動きまで再現されています。



 そのほかにもいくつか作品が追加されていたのでご紹介します。
 こちらはオーナーの清野さんによる緻密な鉛筆画です。雰囲気はハイキーなモノクローム写真ですがよく見ると長さ2~3mmぐらいの細い線が、もの凄い数描かれて表現されています。



 この切り取り方が好き。

 

 顔だけでなく手に表情がある。
 これはちょっと真似できないな。

 自分の方はというと、リメイクがほぼ完了した球体関節人形、youki を持ってゆきご披露しました。ここギャラリーバーンには那須在住のアーティストがたくさん集まる場所で、いろいろ参考に
なるような情報も多いです。

 この日話題になったのは、まずはAIの話です。
 AIがグラフィックデザインの分野で必要不可欠な存在であるだけでなく、もうリアルな写真の部分でも当たり前のように使用されているのは周知の事実です。そんなところから話は始まって、
作品の中で占めるAIが担当する部分はどんどん大きくなっていて、主と従の関係が入れ替わって、そのうち完成した作品は人の作品とは呼べなくなるのではないかっていのではないかって
ことです。

 人間はポイントになるアイディアを出すだけ、あるいはそのアイディアさえもAIが行って、人間は不要になる。分野によってはその可能性も十分にある。将来的に運転手という仕事がなくなる
可能性が高いように、グラフィックデザイナーという仕事もなくなるかも。
 それは3次元の分野でも同じです。もう今は一つの原型さえあれば、あらゆるポーズ、あらゆるスケールのフィギュアは3DスキャナーとPC、3Dプリンターがあればできてしまうし、AIの助けが
あれば顔の表情の変更やコスチュームデザインの変更も簡単にできてしまう。
 さてそれでも自分のように、あくまでも人の手でつくり続けるという人がいたとき、AIが完成させた作品と比較してどちらが好まれるか? もちろん人間の苦戦は必至です。

 あとはギャラリーバーンに「大量のアートを処分したい」という話が、なんと1日に2件もあったということです。
 美術館や人目に付く場所に展示されるアートはそれほど多くはなく、ほとんどの場合は個人で所有されることになります。そしてその人が亡くなれば次の世代がそれを引き継ぐ。世の中には
多くのアートを所有するコレクターもいるわけですが、もしその子供がアートに興味がなければ、何らかの形で処分を検討することになります。

 買い手や引き取り手がいなければどうなるか? そのまま廃棄されることもあるだろうし、倉庫や蔵の中で放置されて忘れ去られることもあるでしょう。
 「長生きできるアート」って、実際にはものすごく数が少ないかもしれません。
 自分の造っているものも100年後に生き残っている可能性はきっと高くない。

 最初のAIの話を含めての感想でもあるけれど、「アートというのは永遠のもの」みたいに言われることはあるけれど、むしろ多くは繊細で壊れやすくって、その時代限りで価値を持つものである
可能性が高いように思います。
 おそらくは普遍的な価値があって、AIに負けないものだけがアートとして生き残るのでしょう。でもそれっていったいどういうものなのかな?





 

14:30
 もうちょっとで那須も春、だからコピスガーデンで花の苗などをお買い物。





 

18:00
 今日の晩御飯は予約を入れたmoon breeze へ。飲み放題+おつまみ+パスタのセットで1500円、こちらのパスタは絶品です。



04.05 SUN 天気:晴れ
5:15
 早朝のお散歩です。
 まだしっかりと寒い。

 


 

 土筆やすみれ、やっと那須にも春がやってきた感じです。


 

 家の庭は苔の緑のじゅうたん、そしてスミレやもっと小さな鼻がちらほらと。
 数年前までは笹だらけだったから、やっと落ち着いてきたというか庭らしくなってきた。土も柔らかくなって、これからいろんな花が育つんだろうと思う。





 

8:45
 桜めぐりの続きです。
 こちらも桜の名所として知られる法輪寺です。860年に慈覚大師円仁によって開山されたという記録はあるが、それは定かでない。



 こちらにも西行桜という大田原市の指定記念物の枝垂桜があるのですが、御覧のようにこちらもちょっと訪れるのが遅かった。
 西行桜は樹齢800年、地元では結構有名で多くの人が訪れます。でも今回は時期が遅くって、ここにいたのは自分たちだけでした。

 あとこちらのお寺の見どころとしては天狗堂に祀られている天狗面がある。その高さは2.14mもあって、大きさでは日本一だそうです。
 天狗というのは日本の伝承に登場する神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物なので、大陸から伝わった仏教の教えにはないものです。こちらの法輪寺は約1000年の歴史を持つ天台宗の寺院
ですが、神仏混淆の流れが色濃く残り、3つの鳥居があるという全国でも珍しい寺院でもあります。



 お見せしたいのはこちらの画像です。お寺なんだけど鳥居があって、その一の鳥居は川をまたぐように建てられている。そしてその土手のソメイヨシノが満開、おそらくはこちらだけの風景です。
 西行桜は時期を外しましたが、一の鳥居のベストショットは撮影できました。

 資料によれば、一昔前までは信徒は祭礼のときに、この御行川で寒中に水垢離をとってから六根清浄のうえ、奥の院に参詣してしたという。




 一の鳥居から北に向かって、300mほどのところに二の鳥居があります。
 こちらはもの凄く急な階段の上にあって、下から見えるのは空だけです。

 本来、鳥居というのは神域であることを示すものなので、この景色は空に神の世界があるということを伝えたいのでしょう。
 そうすると先ほどの一の鳥居は水の神を意識していることになって、なるほどと頷けるわけです。

 思うのだけど、こういうのって誰かに聞いたり調べたりすればすぐわかるんだろうけど、それをしないで実際に歩いて、考えてみて結論を導くのはとっても楽しい。
 ただこのあたりの考察はあくまでも「自分の考え」であって、詳しい方に確認をとったわけではないので、念のため。

 それから次に気付いたのは鳥居の向いている方向です。一の鳥居は南側から北に迎え入れるようにつくられている。二の鳥居はあえて直角に参道が曲げられていて東側から西に
迎え入れるようにつくられています。
 本来は全て奥之院に向かって建てられることが多いはずなので、これもけっこう珍しいと思います。



 ちなみに次は三の鳥居の話になりますが、以前訪れたときにはgoogleマップに三の鳥居や奥之院の場所が示されていなかったので、ここから先は見るものすべてが初めてということに
なります。



 参道は徐々に上り坂になってゆく、北北西に向かって400mほど歩くと三の鳥居があって、ここから先は急坂になって山中に続きます。
 一の鳥居は南北、二の鳥居は東西、そして三の鳥居は急坂の手前ということで、天と地を意識してるんじゃないかと自分は考えました。おそらく3つの鳥居で空間的なひろがりを表現している。



 鬱蒼とした山中の一番高いところに奥之院はありました。
 杉の葉に覆われて踏みあと多くない、多分ここを訪れる人は少ないと感じました。

 では三の鳥居から先はどういった神を意識しているのか、それが次の疑問でした。
 この状況からは分かりませんでしたが、あとあとmapで確認したら気づきました。それはおそらくは火だろうと思う。今は鬱蒼とした山林だけど、この地から見てmap上では北北西に那須火山がある。
 那須山(茶臼岳)は今でこそ活動は休止状態だけど、1400年頃と弥生時代の2600年前には大規模噴火の記録があります。

 縄文時代すでに宗教は存在していて、精霊崇拝や自然崇拝、そして死霊崇拝などの場面で神を招いて祈り、そして呪術によって運勢を変えようとした。そしてその儀式の名残は今、土偶や配石遺構
などで確認することができます。
 おそらく炎を上げる那須岳は、昔のこのあたりに住む人たちにとって最も神に近い存在、あるいは神そのものだったに違いないです。

 三の鳥居は那須岳は火の神の世界、二の鳥居は空の神の世界、一の鳥居は水の神の世界への道を導くもので、そして自分たちは4つ目の地に住む、それが自分の結論でこれで全部で4つの世界が
出そろう。これは古代四元素説につながる考えではないかと思います。




 那須岳の中腹、那須湯本温泉の奥に温泉神社(ゆぜんじんじゃ)があります。630年頃に建立されたと言われている那須温泉のシンボル的な存在です。
 讃岐屋島での扇を射抜いたという伝説のある那須与一ですが、出陣前にここで戦勝祈願を行い、また帰国した際には弓を奉納したという。
 温泉神社はこの周辺にいくつも分祀されていて、こちらの温泉神社の創建は686年だという。だから法輪寺の建立より実は更に古い。この画像の奥に見えているのは二の鳥居です。

 奥の院に向かう途中になぜここに神社が作られたのか?
 神としての存在していた那須岳の活動もこの時期には沈静化していた。もしかしたら存在の遠くなってしまった火の神を自らの住む地の世界に引き寄せようとしたのかもしれません。




 奥之院の近くでは古墳が発見されています(佐良土上の原古墳)
 そして二の鳥居と三の鳥居の間には平坦な丘陵地帯があって、今ここでは発掘調査が続いています(佐良土上の原遺跡)。
 上の画像がその場所なんだけど、ここにも誰もいなかった。

 現在、公的機関があった可能性を示す区画溝の跡が見つかり、古代の行政施設や交通施設、軍事施設など公的機関の「官衙」である可能性が高まったという。
(あとで紹介する那珂川町の国指定史跡「那須官衙遺跡」から約3キロ北にある)




 古代から続く独特の精霊崇拝や自然崇拝がここにあったのは事実、そしてきっと事あるごとに、あるいは冬至や夏至などの区切りの日には丘の上で様々な神事が進められていたに違いないと思う。
 その後は天狗に代表される山岳信仰が結びつき、そしてその後の仏教文化が結びついてゆく。

 しかし明治維新になって、政府の都合で神仏分離がすすむ。
 ただこの法輪寺の周辺では完全に融合がすすんでしまっていて、分けることなどできなかったのではないかと想像します。
 こちらのお寺でのお祭りを見たことが一度だけあるんだけど、なんかすごくインパクトがあった。
 お祭りの行列に僧侶が並ぶ、その雰囲気にちょっと不思議な感じもしたけど、少なくともそういう景色が数百年は続いていたのでしょう。
 ここには人と神とのつながりの原点のようなものを感じます。







9:55
 やってきたのは珂川町の「ふるさとの森公園」周辺です。
 こちらは「梅曽しだれ桜」と呼ばれる樹齢250年のサクラです。



 ごらんのとおり散り始めの状態で、こちらも3日ぐらいやってくるのが遅れた感じです。満開の写真も見たけどとってもボリュームがあってきれいでした。
 ただこのあたりはとても歴史あるところのようなので、気を取り直してお散歩開始です。




 こちらは「永森家、小口家古民家」、現在は元あった場所から移築されて民俗資料館として利用されています。なかは民具などが昔そのままで置かれている。



 建物そのものも良いですが、庭のタンポポがとってもきれい。
 ここから眺める小川地区の景色が最高です。
 ほぼ左右180°の範囲で懐かしい景色がひろがる。




 こちらは「那須官衛遺跡」です。
 このあたりでは昔から古い瓦が掘り出されることから「梅曽廃寺跡」と呼ばれ、もともとは古いお寺があったものと考えられていました。ところが1940年に古い銅印が発見されて、1955年から大規模な
発掘調査が行われることになりました。(銅印は現在、国の重要文化財に指定されている)
 結果としてこの遺跡は寺院跡ではなく郡衙であることが明らかになり、国指定史跡となりました。
 遺跡の範囲はおよそ南北200m東西600mで、敷地には郡事務所である郡庁,居館,倉庫などがあったとされる。郡衙の成立は7世紀末から8世紀初期、終焉は10世紀前半と考えられています。
 ようするにここは中央集権化をすすめるヤマトの一大拠点だったということですね。

 

 近くの「那珂川町なす風土記の丘資料館」ではそれらを詳しく解説しているので、訪れてみると良いでしょう。(入館100円)
 ちなみにお隣の大田原市には「上侍塚古墳」と「なす風土記の丘湯津上資料館」もあるので、古代史に興味があるようでしたら、合わせて訪ねることをおすすめします。



 国道294号線沿いのこの周辺というのは、前にも取り上げたように巨大な古墳や古い寺社がたくさんあって、この時代の代日本においてはとても大きな意味を持つところなのですが、観光地としてはかなり地味なので、
人がたくさん訪れるようなところではないです。







 さてぐるっとまわって車を止めた場所に戻ってきた。
 すごい、休耕田に菜の花がいっぱい。
 きっとこのあたりって、昔から最も豊かだった場所に違いない。
 桜は終わってたけど、この菜の花の風景を見ることができただけでも良かったなと思いました。



2024.05
camera: Panasonic DMC-TZ60 / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio Pro.7 + GIMP 2.8 + Ichikawa Daisy Collage 10

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