道風、薫る
大田原 黒羽地区
2026.05.09
今回行ったのは、NHK朝の連ドラ「風、薫る」のはじめの頃、その舞台になっていたのは大田原市の黒羽というところです。行ったのは本当に久しぶりの
ことなのだけど、やっぱり見所たくさんで面白いね。
5.09 天気:晴れ
9:00
黒羽田町公園に車を駐め、最初に行ったのはお隣の八雲神社でした。それほど大きな神社ではないですが、ケヤキが太くて圧倒されます。
その少し先にあるのが黒羽神社です。このあたりから黒羽城址公園あたりまでが、歴史散策のポイントになります。
階段を上りきったところにあるのが、この灯台のような建造物です。調べてみたらこれは明治11年に建設された常夜灯のようです。日本の近代化が一気に進んだ
時代だね。
こちらは黒羽藩第15代藩主 大関増裕像、大関氏は外様大名でありながら幕府より1万8千石の所領を与えられ、幕末までこの地から離れることはなかった。これは
なかなかないことなんだけど、それだけ幕府に対する貢献度が高かったと言うことでしょう。増裕自信も陸軍奉行や海軍奉行、そして若年寄などを歴任したという。
その後、事故によって増裕は急死し、その後を継いだのが16代の大関増勤でした。
彼は戊辰戦争においては新政府側に立って戦い、戦後は黒羽藩藩士47名の犠牲者を弔う目的でこの神社を建てたのだという。このあたりまでが「風、薫る」の始まりと
同じ時代かな。
その後、この神社は戊辰戦争以降の、幾多の戦争の犠牲者が祀られるようになって現在に至る。そういう場所です。
遡って先ほどの大きな常夜灯は、戊辰戦争で亡くなられた方が迷わないで黒羽に戻ってくることができるように建てられたという話があります。
黒羽神社の少し下には小さな公園があって、そこには狭いながらも芭蕉像やたくさんの石碑などがありました。
ここは慈光院慈眼寺跡、観音信仰・熊野信仰を今に伝える巡礼者たちの聖地の一つであるという。かつては下野西国三十三所の七番の札所、また石川八郎左衛門昌信の
下野一国百番巡礼所の第二十九番の札所でもありました。
黒羽神社から黒羽城址公園に続く道は、大宿街道と呼ばれて、かつては黒羽藩の重臣のお屋敷が立ち並んでいました。道の東側には小川が流れ、「栃木の道100選」にも
選ばれています。
この道の途中に新たに「大関和誕生の地」の石碑ができていました。大関和は明治のナイチンゲールと呼ばれる人物で、このあたりに生家があったと考えられているそうです。
大関和は黒羽藩家老 大関増虎の次女として生まれるも、一家はまもなく東京へ移住、そして19歳で結婚すると再びここに戻ってきた。
この石碑のあるところに、あらたに駐車場まで整備されていました。前に来た時とは印象が違う、人が来ることを前提に準備したんだろうと思う。
その駐車道の出口にあったのが、こちらの「風、薫る」にちなんだマンホールです。大関和のキャラの後ろの景色は那珂川歩道橋より見た那珂川の景勝「高岩」と那須連山
だそうです。黒羽を象徴する風景ですね。
こういうのを冷ややかな目で見る人もいるかも知れませんが、自分はそう思いません。今の地方で大切なのは「賑わいを取り戻すこと」だからです。
ちなみに道を渡った反対側には黒羽小学校があって、そこには移築された黒羽藩主の重臣大沼家の侍門もあります。
こちらは「風、薫る」のロケ地にもなっていた黒羽山 大雄寺です。
お寺に至る杉並木の参道と十六羅漢ほかのたくさんの石像がものすごい存在感です。
大雄寺は600年以上の歴史を持つ曹洞宗のお寺で、7つの茅葺きの建築物は国から重要文化財の指定を受けています。
こちらの大雄寺は藩主大関家の菩提寺でもあります。
境内のいちばん奥まったところにその墓所があって、歴代藩主の墓がずらりと並んでいます。1万8千石の所領ということを考えると立派すぎるぐらいだなと自分は感じました。
弱小な外様大名が関東の地で国替えもなく江戸の時代を乗り切るのは、さぞや大変であったに違いない。おそらくは各時代の藩主と藩士の努力あってのことだと思います。
あとで観光協会でお聞きしたら、ゴールデンウイークの頃には「風、薫る」の巡礼旅で、この黒羽は近年にないほど観光客が訪れたという。でも大関和がこの地にいたのは
幼い頃と、19歳で結婚して離婚するまでの短い間だけだったので、それほど数多くのゆかりの地が残っているわけではありません。
どちらかというと「大関和が見たはずの風景を見る」という楽しみ方の方が良いと思う。
こちらは旧浄法寺邸です。
松尾芭蕉は奥の細道の旅でこの黒羽に2週間滞在しています。このほかの地では基本1泊、多くて3泊程度なので、特別長い間滞在したことになります。
浄法寺高勝(俳号 桃雪)は黒羽藩の家老で、弟の鹿子畑豊明(俳号 翠桃)とともに、芭蕉と曽良が滞在していた間のホスト的存在でした。1689年4月、
松尾芭蕉は「おくのほそ道」行脚の際に翠桃宅に5泊、浄法寺邸に8泊しました。
こちらは「芭蕉の館」、松尾芭蕉について学ぶことができます。(入館料 300円)
他にも大関氏や黒羽藩に関する資料なども展示されています。館内の撮影不可なのが惜しい。
入り口近くには芭蕉と曽良の像があり、句碑も立てられています。
行春や鳥啼魚の目は泪 芭蕉翁
浄法寺高勝と豊明の兄弟は江戸での芭蕉の弟子であり、黒羽郊外の寺社や名所旧跡を案内したという。そういうこともあって芭蕉はこの地で多くの句を残し、地元俳人たちとの
歌仙興行も行われたそうです。
曽良が幕府の密偵だったという話はよく聞くけど、こうやってもてなされたら、幕府に悪い報告などできなかったろうな。江戸からの客人を大切にするってことは、関東の弱小外様
大名としては、行く残る術として大切なことだったのかも知れません。
黒羽城址にやってきました。建物自体は何も残っていない、唯一展望台がわりの櫓があるだけです。
黒羽城址から見た景色です。日光連山から那須連山までの眺望が素晴らしい。
これからの季節は紫陽の名所として賑わいます。
さて歴史散策はここまで、駐車場に戻るまでの間に「ひつじ珈琲」で休憩します。ここはレベル高いね。
11:10
まだまだ時間的にも体力的にも余裕があるので、今度は那珂川の対岸の方に行ってみることにしました。
資料収集のために、観光協会が併設されている大田原市役所 黒羽支所に立ち寄ります。するとラッキーなことに昨日ご紹介したマンホールが印刷されたマンホール
カードをいただくことができました。
「風、薫る」のマンホールは大関和のキャラと、那珂川歩道橋より見た那珂川の景勝「高岩」と那須連山の景色です。黒羽を象徴するこの景色を今から見に行く。
歩道橋の前の小径には花が植えられていて、何故かゼロ戦が飛んでいた。 これも浄法寺高勝と豊明の兄弟以来のもてなしの心かな?
こちらがその歩道橋からの景色です。左岸に見えるのが高岩、そのすぐ上に見えるのが那須岳です。
今回は行かなかったけど、これが以前に撮影した実際の高岩です。那珂川に突き出すような形で大きな岩が突き出している。これからの季節はアユ釣りでたくさんの人が
訪れるところです。
自分はここからの景色が好きで、夏場の早朝にこの岩の上で朝食をとったことがあります。
そして右手の上段には高岩神社という古い神社があって、那須の与一が扇の的を射る際、波を沈めてくれるよう祈願した伝説があるそうです。
ちなみにこの高岩は火野正平のNHK「こころ旅」で目的地になったこともあります。
「風、薫る」も良いけれど、それだけでなくまだまだたくさんの逸話がここ黒羽にはあります。
黒羽という街は、那珂川を挟んで東側がお城と武家屋敷、西側がおもに交易で賑わった商人町という感じで成り立っているところです。
那珂川歩道橋を渡ったすぐのところにある光明山常念寺、1565年開山の浄土宗のお寺です。ここにも芭蕉の句碑があります。
野を横に馬索むけよほとゝきす 芭蕉
この句は余瀬から間野までを移動する間に、どこかで馬子に頼まれて詠んだ句とされています。碑の建立は浄法寺桃雪によるものとされるので、芭蕉の句碑のなかでも
最も古いものと考えられます。これも写真に撮ったのだけど、古くなっているせいなのか、よく読めなくなっている。
こちらは藍染めの紺屋さんです。初代が紺染めを始めたのが文政の頃(1804年)という老舗です。おそらくは黒羽地区の中では最も全国的に知られるお店で、確か
NHKの美の壺でも取り上げられたことがあります。
おとなりの星田屋酒店です。地元の旭興や仙禽のほか栃木の銘酒が揃っています。店主もお酒に詳しく信頼できるお店だと思います。
こちらは足利銀行 黒羽支店です。もともとは明治時代末期に建築された黒羽銀行の店舗でした。今でも現役で使われている国指定有形文化財です。
街のあちこちにこんなレトロな建物が残っていたりする。
がしかし、歴史ある建物のいくつかは老朽化して取り壊されようとしているのも事実で、正直なところ寂れている感じがするのは否めないです。
少し元気がありそうなところというと、那珂川の鮎を扱う鮮魚屋さんと釣具店といったところかな。鮎釣りもこれからがいよいよシーズンになる。
もともとこの黒羽地区は黒羽町という独立した自治体で、城下町としての長い歴史があるところ、そして以前は東野鉄道も通っていました。
このあたりの流れは、前に訪れた真壁地区と同じなんだけど、今の真壁はトップクラスとは言いませんが、そこそこ賑わう観光地になって、結果に違いが出てきている。
やはり真壁は近年になって、国の「伝統的建造物群保存地区」に選定されたというのが大きいんだろうな。
営業しなくなった店舗に「風、薫る」のポスターが貼られていました。
このNHKの朝の連ドラが放送されるのは4月から9月までの半年間です。だから基本、この半年の間に短期集中で結果を出さないといけない。流れを変えるのは結構大変だと思う。
なんかいろいろと書いているうちに「風、薫る」の聖地巡礼にはほど遠い内容になっちゃいました。
物足りない方は、道の駅「与一の里」のなかの与一伝承館で「日本のナイチンゲール 大関和」の特別展をやっていますので、ご覧になってはいかがでしょう。多分自分も次に
那須に行くときには訪れると思います。
2026.05
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