箱根路を歩く
芦ノ湖から箱根湯本
2023.10.30
高所の紅葉は見頃ということで、箱根を訪れてみることにしました。考えてみたら、たくさん人の集まる観光地を訪れるというのはけっこう久しぶりです。
でもそこは普通の旅はあまりしない自分のことなので、まだ暗いうちに箱根を目指すことにします。もちろんお店などはどこも開いてはいないのですが、
そんなことは気にしません。
2023.10.30 MON 天気:晴れ
この日は満月の未明。
5:05
始発の小田急線に乗って小田原に向かい、これまた始発の箱根登山鉄道で箱根湯本へ、そしてこれまた始発の登山区間の電車に乗り込みます。
実はこの始発電車の乗り継ぎはとてもスムースで待ち時間はほとんどありません。終点の強羅までの所要時間が最短になるという便利さです。
6:05
箱根湯本のホームで撮影、箱根登山鉄道の登山区間に乗るのは久しぶりです。
本当にものすごい急傾斜を登ってゆく。3か所あるスイッチバックや、半径30mの急カーブはやっぱり見どころ。3両編成しかないのに一番後ろの車両に乗ると、
しっかりと先頭車両がカメラの画面にはいるぐらいです。
車窓からの紅葉もきれいなのですが、この時間帯だとまだ谷底まで陽ざしが届いていないので、そこだけはちょっと惜しいかもしれません。
6:50
我々は芦ノ湖に向かうので、小涌谷駅で下車し、待ち時間2分で「箱根町港」行きの箱根登山バスに乗り込みます。
そしてこのバスも始発だったりする。
7:05
終点の芦ノ湖の到着は7時を少し回った頃、まだ湖までは朝日が届いておらず、もやがかかっていて少し幻想的です。
そして少しずつ陽ざしが降りてくる。
青い芦ノ湖に真っ白な富士山、そして紅葉に囲まれた「平和の鳥居」
この鳥居はサンフランシスコ講和条約を記念して1952年に建てられたものです。
なんか久しぶりに芦ノ湖にやってきたのだけど、やっぱりこの景色は素晴らしい。早朝なんだけど、それなりの人数の宿泊客がカメラを片手にお散歩してました。
そしてその多くは外国人、ここは世界に知られるインスタ映えスポットです。
箱根町港にはコンビニがあって、ここだけはもちろんちゃんと開いています。
コンビニおにぎりと野菜ジュース、チーズ、そしてあったかいコーヒー、文句なしに贅沢な朝ご飯だと思います。
この旅の掴みは文句なし。
箱根というと、今ではたくさんの外国人にも知られる観光地、または温泉付き別荘地がたくさんあるリゾート、風光明媚で様々なアミューズメントが揃うというイメージ
なんだけど、それらはほとんど明治時代以降になって開発が進んだ結果らしい。
今日はここから旅人の訪れたはずの場所をたどりながら、旧東海道を箱根湯本方面に向かって歩きます。
もちろん「箱根関所」は必ず通るところなのですが、さすがに見学できる時間帯でもないので、まずは箱根神社の方を回ることにしました。
7:50
こちらがその箱根神社です。757年に万巻上人がこの地に御三神をお祀りしたのがその始まりで、坂上田村麻呂が東征の際に参詣するなど、様々な
武将から信仰される存在だったという。
神社に何本もある杉の巨木が圧倒的で、その歴史の古さや、ここが特別に神聖な場所であったことを感じさせます。
箱根は東海道の難所として知られているわけだけど、江戸時代以前は東海と関東を結ぶ主要道として整備されていたのは足柄古道の方で、こちらの箱根路は
足柄古道の脇道的な存在だった。
箱根神社一の鳥居のすぐそばに「賽の河原」がある。
説明書きによれば、この地は地蔵信仰の霊地として江戸時代には東海道を旅する人々の信仰を集めたところだそうです。その規模はとても大きくて、多数の石仏、
石塔が湖畔に並んでいたとされる。
しかしながら明治時代に入ると、仏教の排斥から多くの石仏が失われ、また観光開発の中でだんだんとその規模が縮小し現在のようになってしまったという。
火山の存在、そして湖畔、おそらくは地獄の一角のような荒れた景色で、現在の恐山に近いような景色だったのかもしれないと思いました。
こちらは身代わり地蔵です。
梶原景季が箱根を通りかかったとき、平景時と間違えられて何者かに襲われたが、かたわらにあったこのお地蔵様が身代わりになり助かったと伝えられる場所です。
このお地蔵様の脇から続くのが旧東海道です。今もなお、ところどころに江戸時代の石畳が残ります。
道というのはただ切り開いただけだと、雨が降った時にそこを水が流れて侵食され、すぐに荒れ果ててしまいます。だからこうやって石で舗装した。
おそらくは江戸時代以前にはほとんど獣道に近い状況だったに違いないです。
そうやって過去の風景を想像しながら歩くと、いかに昔は人間の存在が小さかったのか、そして旅をするのがどれほど勇気の必要な行為だったのかが理解
できます。
この区間は旧東海道の石畳がとてもよく保存されているところで、歩いている途中、時折ここを訪れた人とすれ違うこともあります。けっこう外国人も多いです。
紅葉が徐々にすすんで目を楽しませてくれるのだけど、石畳自体は滑りやすく、歩きにくいというのが正直なところで、しかも「クマ出没」などという看板があったり
するので、草丈のあるところや暗いところは表通りを歩くことにしました。
野生動物の出没情報はこのあたりでも増えつつあるようで、最近では山間や麓の畑では電気柵がどこでも設置さてているような状況です。
もうこういうところを歩くには鈴は必需品、まあ鈴があっても絶対に大丈夫ということはありえないのだけど。
8:45
表通りに出てきたら、ほどなく改修中の茅葺の古民家を見つけました。
こちらは「甘酒茶屋」、創業は江戸時代の文政年間という老舗で、主は33代目だそうです。
まだ8:30という時間帯だったので営業前と思ったら、もうすでに入店者でいっぱいの状態でした。(開店はなんと7:30)
ご覧のようになかは薄暗く、囲炉裏から出た煙で霞んでいます。しばらくして目が慣れてきて、周囲の空間がそのまんま歴史遺産と言えるような佇まいに驚きます。
ここも入店者の半分ぐらいは外国人かもしれない。きっと箱根を訪れる目的の一つになっているんだろうな。
我々は店名にもなっている名物の甘酒をいただきました。(400円) 地元でとれたうるち米と米麹のみで仕込むという、江戸時代より変わらない製法の甘酒は、あっさりと
いただけてとっても美味しいです。
江戸時代、箱根八里の区間にはこういったお店が13軒あったそうで、箱根越えの旅人で賑わっていたそうです。
こちらは人気店なので、訪れるなら早い時間帯が良いでしょう。ゆったりとした素敵な時間を過ごすことができます。
紅葉はまだ完璧ではないけど奇麗。
こちらは親鸞聖人が弟子たちと悲しい別れをした笈ノ平というところです。
一帯は日本遺産指定ということで、あちこちに立て札があり、その地で起こったことが伝えられています。
9:35
その先、見晴茶屋「兎月」というお店があって、ここから先の箱根七曲りが旧東海道の絶景ポイントです。ちなみに兎月ではこの絶景を前においしいお蕎麦がいただける
そうです。
このあたり、もう少ししたら紅葉の空間を下ってゆく感じになるんだろうと思う。ここは本当に曲がりくねった急坂で、箱根路最大の難所だったと言います。
ちなみに七曲りとはいうものの、カーブは全部で12あって、その真ん中の6つ目のカーブに「橿の木坂」というバス停があります。周辺には民家などなく、なんでこんな
ところにバス停があるんだろうという感じですが、もしかしたら箱根湯本から箱根に向かって歩き始めたけど、この橿木坂に差し掛かって挫折する人が多いので設けられ
たってことかもしれません。
ikumi (オリジナルヘッド+TBLeagues24Aボディ 27cm 2018 )
再び江戸時代の石畳を歩く。
下から外国人カップルが登ってきたのだけど、あの急坂を登るつもりなのだろうか?
9:50
下り始めて2時間弱、畑宿に到着です。
こちらは旧東海道の小さな宿場町で、200年前に生まれた日本の伝統工芸のひとつ箱根寄木細工の発祥の地としても知られるところです。
もちろん今も「畑宿寄木会館」をはじめとして多くの工房や体験施設が軒を連ねている。
10時前だったのですが、通りに沿ってあった「金指勝悦記念館」という展示室が開いていたのでおじゃましてみた。
寄木細工というのは、最終的にはできあがった木の模様を薄くそいで、皿や箱に貼り付けて仕上げるのですが、こちらは木を組み合わせて無垢のまま仕上げている。
見事な出来栄えなんだけど、やっぱりそれなりのお値段なんだろうな・・・。
目の保養をさせていただいて再び箱根湯本に向かって歩き始めました。
こちらは鎖雲寺、人形浄瑠璃や歌舞伎で物語「箱根霊験記いざりの仇討」の主人公勝五郎・初花のお墓と初花堂があります。
ここから先が箱根湯本の温泉街です。
須雲川の紅葉も始まって良い感じだね。
10:25
湯本の駅前に到着です。月曜日なのにけっこうな賑わい。
その多くは外国人で、その人気の高さが分かります。もうコロナ禍が嘘見たいですね。
今回のコースは地図上を直線で結んで9kmほど、でも実際には倍ぐらい歩いていた。箱根湯本到着は11:30で所要時間4時間、少し長いけど紅葉の時期のお散歩
としては良いと思います。
2023.10
camera:Panasonic DMC-GM1 &12-32mm / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio pro 7 + GIMP 2.8 + Ichikawa Daisy Collage 10
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