sae

TBLeague s35A



逝く春に思う



<平塚 花菜ガーデン>











<島田 大津谷川>











<平塚 真田ほか>











<藤枝 田中城址>








<平塚 座禅川>








<伊勢原 塔ノ山>








<秦野 大根川>














<平塚 花菜ガーデン>








sae( TBLeague s35A ヘッドリメイク 28cm)



2025.05
camera: Panasonic Lumix DMC-TZ60 /  graphic tool: GIMP 2.8 + Ichikawa Daisy Collage 10





<藤枝 田中城址>
 藤枝は東海道の宿場町であり、また城下町でもあった。徳川家康はときおり鷹狩で、この田中城に滞在したという。現在ではその遺構を残すのみですが、
復元された下屋敷の前を流れる六間川は、春になると見事な桜並木に彩られます。





<島田 大津谷川>
 ここは地元では有名な桜の名所で、樹齢100年をゆうに超えるソメイヨシノの並木が2.3kmにわたって続きます。ちょうど満開を迎えたところだったので、ものすごくきれい。
 でも知名度はそれほど高くはないので、この時間帯に土手道を歩いていたのは、ご近所の方と思われる数名だけでした。

 ただその治水には苦労が多かった。
 1816年、駿河と遠江両国は台風で著しい凶作と飢餓に見舞われます。
 この地域の百姓達は年貢の減免を田中藩に強訴、一揆の一歩手前の状況となりました。そのときこの地の庄屋であった増田五郎右衛門は農民たちが暴動化することを
止めて、あらためて自ら貢の減免を藩に直訴し、結果、五郎右衛門の願いは受け入れられました。
 但し一方で田中藩は混乱を招いたその首謀者探しを始めます。
 これを知った五郎右衛門は、農民たちに嫌疑が及ぶ前に自らが首謀者だと自首、その後に打ち首の刑に服して42歳の生涯を終えました。
 この大津谷川のすぐ下に「増田五郎衛門生家跡地」の碑が、今もひっそりと立っています。
 そして近隣の神社には五郎右衛門の義人碑が残っており、夏祭りは「五郎祭」と呼ばれて多くの人で賑わいます。

 今桜の名所として知られるところ、特にソメイヨシノの古木が立ち並ぶところは、そのすべてが江戸時代、難工事の末に堤防がつくられた場所だと言ってよいと思う。
 当時の技術は完璧でなく、堤防が決壊することは度々あった。そしてソメイヨシノは少しでも堤防を強固なものにするための工夫の一つでした。
 そういうことも知らないで「やっぱり桜は菜の花との組み合わせが一番だよね」とか「やっぱり花見に酒は欠かせない」などと言っているようでは、そのうちチコちゃんに
叱られると思う。(チコちゃん知らない人にはゴメンなさい)





<平塚 真田ほか>
 塚越古墳公園は見晴らしの良い高台の公園で、更に古墳の上、完全に吹きさらしの状態になっています。近年の強風によって、根元に近いところから何度も折れたような
痕跡が残っています。でも傷んでいるのに満開のときの花の密度はすごいです。

 この花を見にゆく前日、学生時代に仲良くしていた友人の訃報が入った。
 少し前には同窓会で久しぶりに会ってお酒を飲み、昔のことを語り合った。お酒がとっても好きな奴だった。飲み明かしたことも何度かあったな。間違いなく親友と言える人物
の一人でした。
 桜の季節が終わりそうなこの時期になると、「あと何回見られるのかな?」とふと思うことがある。そんなこと考えたら、桜を見ても楽しくなくなっちゃうのだけど、与えられた時間
が限られているのは間違いない。
 そしてちょっと考え、やっぱり日々精一杯生きるしかない、そういう分かりやすい結論に自分の場合には至ります。

合掌





<秦野 大根川>
 桜の季節の最後に行くのは、こちらの大根川です。遅咲きの思川桜の並木は300mほど川に沿って続き、例年4月中旬に満開になります。
 おとなりには「NITTANパークおおね」という運動公園があり、ここにもたくさんの種類の桜が植えられていて、時期をずらしながら様々な桜が楽しめます。



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