2025



ギネス記録の版画





2025.02.15 SAT 天気:晴れ
9:45
 最近は下野国にあった遺跡を巡り歩くことが多いのですが、この日は下野国分寺跡を訪れてみました。
 下野の国というと、現在の栃木県の旧名と言っても良いと思いますが、その中心地は現在の下野市、栃木市、小山市にまたがる田畑のひろがる場所にあったと伝えられます。



 ただただひたすら真っすぐな道が続きます。まさに栃木って感じだな。





 今回のお散歩旅の起点は、こちらの「しもつけ風土記の丘資料館」です。情報収集もかねて最初にやってきました。一帯にある数々の資料館同様、こちらも無料で公開して
います。



 最初の展示室は古墳時代を再現、解説しています。その中央にどんと置かれているのが、こちらの「甲塚古墳埴輪」です。機織りをしている女性を表現したもので、他に例を
見ないものだという。(国指定重要文化財)



 これだけ完璧な形で出土しているのがすごい。 「おーい!はに丸」に出てきた「ひんべえ」にそっくり。というか、きっとこの埴輪がモデルになっているに違いないと思った。

 下野の国が発展したのは、前にも述べたように飛鳥時代に下毛野朝臣古麻呂(しもつけのあそんこまろ)が、下野薬師寺を創建したことが大きいとされる。
 下毛野朝臣古麻呂は都で参議として活躍し、様々な部分でこの地域の発展に寄与した。



 奈良時代になると更にこの地に国分寺が建設される。
 上の画像は奈良時代につくられた「紫紙金字金光明最勝王経」ですが、残念ながらこちらはその写本で、本物なら国宝。



 近くには国分寺跡、国分寺尼寺跡という国の指定史跡があります。(上の復元模型は国分寺)



 すごいね、本当に無料で公開しているのがすごい。

 

 資料館の前に唐突に置いてあったタクシーです。
 よく知らないキャラですが、いちおうのっけときます。



 

10:20
 せっかくやってきたので、公園として整備された一帯をお散歩します。
 こちらは国分寺尼寺跡。


 

 そして下野国分寺跡。
 下野国分寺跡は741年聖武天皇の詔によって全国60数か所に建てられた国立の寺院のひとつで、総国分寺である奈良の東大寺と同じ形式でつくられているそうです。

 遺構としては、盛土と基礎石ぐらいしか残っていないので、あとは想像力に頼るのみ。あと右画像にあるように、建造物が描かれた透明板が設置されているのが、想像力の
僅かな助けになります。



 あとは何もなく、ただただ広い。発掘調査によればお寺の敷地は東西413m、南北457mあったそうです。

 そしてこの国分寺を中心として、数kmの範囲内に、国分寺尼寺、下野国庁舎、下野薬師寺、更には摩利支天塚古墳をはじめとする多数の古墳群、遺跡群があって、
おそらく飛鳥、奈良時代までは、ここに都に匹敵するような景色があったのではないかと思う。



 今はいちめんに田畑のひろがるところではあるけれど、その昔、東国の中心がここにあったことは間違いなさそうです。





 

12:05
 お腹空いたので壬生にある「蕎香」というお蕎麦屋さんに行ってみました。お昼のお蕎麦セットがお得(1200円)
 こちらはソバ農家が始めた手打ちの蕎麦のお店で、とっても風味豊かでした。





12:50
 那須に行くと必ず立ち寄るのが、やはりアート関連の場所、そのなかでもギャラリーバーンは作品鑑賞だけでなく、様々な情報やアイディアが得られる嬉しい場所です。



 冬場は全体に那須を訪れる人は少なくなるので、展示されているのは主にオーナーの清野さんの作品です。
 こちらはペーパークラフトの家、寄せ集めた感じの全体の構成が良い。

 

 多くは幅10cm程度のものが多いのですが、こちらはいくつかつなげて2mもの長さがある。
 聞けば「大きな奴をつくってくれ」というオーダーがあったのだとか。



 ここまで長くつながるとジオラマだね。
 自分だとここに自動車や蒸気機関車を走らせて、たとえば炭鉱の町などをつくってしまいたくなるけど。



 こちらは立体的なコラージュ作品の新作、素材の質感が良くいかされているのが特徴です。
 こういう特殊効果みたいなものは製作のテクニックとして参考になります。

 ほかにもいろんな材料から様々な作品がつくられています。
 自分もそうだけど、いかに幅広い多様な材料をそろえられるかが、作品作りにおいては重要な要素になる。



 下にあるミニカーは市販品のようだけど、汚し方錆びさせ方が絶妙です。
 小さいものもやり始めるのかな?



 そう思ってうろうろしてたらこんなものを見つけました。4cm×2cmぐらいのホーローの器をプールに見立てて、実に小さなジオラマがつくられていた
 田中達也氏とは違って、こちらはリアルな世界を再現している。フィギュアは1cmに満たないから、もしかしたら1/200スケールのZゲージ用のものかもしれない。
「すごい、塗り分けてる!」



 これはもっとすごい。
 砂利で岩場をつくり、そこから流れる滝を再現している。その崖の上には体長5mmぐらいのリアルな馬(ちゃんと馬と分かる)とそして樹木が1本、実に印象的な景色が
ひろがる。

「このジオラマは誰が作ったんですか、もしかして清野さん?」
「いいや、時々遊びに来るお客さん。お医者さんなんだって。」
 世の中、ものすごいテクニックをお持ちの方がまだまだいるようです。





14:30
 カフェ&ギャラリーBUZZに行って見たら、「君島龍輝 木版画展」が開催されていました。
 君島龍輝氏は那須湯本出身の版画家です。詳しくは存じませんでしたが、おそらくは那須で開催されているアートイベントなどでも作品を何度か作品を見ていると思う。

 今回は20点ほどの君島氏自身の作品展示や販売のほか、実演販売やオーダーメイド版画制作なども行っているという。簡単に言うと、その場でたとえば「似顔絵をつくって」
とお願いすると、その場で彫って、刷って、作品と版木をいただけるそうです。



 今回は限られたスペースの中で氏の素晴らしい作品を拝見できるのですが、やはりそのなかでも目を惹くのは正面の大きな木版画でしょう。
 もともとはニューヨークなどで活動していたそうですが、2005年に広島で個展を開いた際に原爆ドームを訪問、その衝撃がこの作品を作るきっかけになったそうです。その後、
2006年に広島市に移住し、平和を願うメッセージを込めてこの作品を作ったという。



 実は展示されているのは全体のほんの一部で、実際の大きさは畳242枚分、約400㎡というからすごい。
 細かすぎて分かりにくいですが、これが全体像で、展示されているのは畳2枚分の太陽(青い部分)と畳5枚分の鳳凰(赤い部分) のみ。

 聞いて驚いたのは、下絵なし、しかも作品全体の構想を固めることもせずに、取り上げる題材をいくつか決めただけで、直接彫り続けたという。こういうのって作品制作に
勢いがつくのかもしれないけれど、一方で破綻してしまいそうで、なかなか真似できない。



 これだけ大きいから、この木版画は「世界最大」「最長」の2部門でギネス認定されているそうです。
 ちなみにギネス記録の認定証を、自分は初めてこの日見ました。



 お話では、今後はまず近くの体育館などで巨大木版画全体を展示したいと考えているそうで、その後は全国各地で作品展示を行い、その上で作品を通して平和の
尊さを世界に伝えていきたいということでした。







14:50
 今年は那須でも大雪警報が出た。

 

 お庭も少しだけお手入れ、キキとトトロの風見鶏を取り付けてみた。





 

17:10
 晩御飯はいつもの殻々工房へ、ちょっと贅沢にフレッシュな牡蠣と、スパークリングワインなどオーダーしてみた。



 帰り道、星が明るく輝く。





202.16 SUN 天気:晴れ
 那須の2月というと、つい先ごろまではもう完全にオフシーズンだったのですが、最近は雪景色の中のグランピングみたいなものが流行っていたりして、意外なほど人や
車が多かったりします。
 普通なら積雪があっても、1日もすれば所要な道路は除雪されて、よほどのことがなければ困らないのだけど、今年は大雪警報が出たりして例年とはちょっと状況が違います。
 この日もまだまだ寒いので、標高の低いところに遊びに出かけた。



8:30
 那須高原から車で40分のところ、那珂川町にあるという梅林を目指します。
 こちらは南平台というところにある見晴し公園です。
 梅を見るには、やっぱりまだちょっと早かった。



 でも見晴らし台というだけあって、開けたところでは眼下に那珂川、遠方に那須連山が望める。



 でも日当たりの良いところでは、しっかりと梅が咲き始めていた。



 白梅。



 紅梅。
 この日は風も弱く、日向ぼっこが楽しい日でした。



2025.02
camera: Canon powershot G9X Mk.2 / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio Pro.7 + GIMP 2.8 + Ichikawa Daisy Collage 10







冬の終わり





2025.03.22 SAT 天気:晴れ
11:00
 先日那須に行ったとき、筑西市の大宝というところに立ち寄りました。知名度の高いところではないけれど、その昔はお城もあってこの地の中心地でした。



 その中心的な存在とも言えるのが、こちらの大宝八幡宮です。白鳳時代の701年に藤原時忠によって創建されたと伝えられ、関東では最も古い八幡宮だそうです。鳥居が
ものすごく大きい。
 現在の本殿は1577年に下妻城主多賀谷尊経が再建したもので、国の重要文化財に指定されています。
 平将門公や源頼朝など名立たる武将が戦勝祈願のために訪れた歴史を持つ。 あとはいくつもの古い神社や宝物殿、神楽殿、重軽石から相撲場に至るまで、様々なものが
長い歴史の中で集められ、見どころ十分です。



 こちらは関東鉄道常総線の「大宝駅」、いちめんの水田のなかにぽつんと立つ。
 きっと田植えの時期にはたくさんの鉄道カメラマンが訪れるに違いないと思った。



 後半は関城跡を巡ります。関城は大宝城の北約2.3kmほどのところにあります。こちらは目立つ建造物もないので、当時の城の様子がはっきりと見て取れる。
 大宝城と同様に周囲を湿地で囲まれており、本丸に迫るには、基本的に軟弱な沼地をすすむか、防御の固い丘陵地帯の北側から遠回りして攻め入るしかなかった。

 この城は、北朝方に追われた南朝方の中心人物である北畠親房が1341年入城し、以後2年間にわたって南朝北朝方と激戦を繰り広げた南朝方の本城だったところです。
城壁や建造物などは残っていない城跡だけど、結構保存状態は良い。(国指定史跡)
 関城は城攻めを受けてより2年後の1343年に落城、城主 関宗祐とその子 宗政は討死し、現在はこの本丸跡に葬られています。







13:00
 道の駅「矢板」に農家食堂があるのですが、ここのお蕎麦がとっても美味しいというのでやってきました。(内山そば)
 せっかくなのでかき揚げ丼セット(1120円)を注文しました。もちろん評判通りお蕎麦は美味しかったのですが、高さ20cmぐらいあるかき揚げ丼のボリュームがすごくて、
食べるのに苦労しました。

 

15:00
 こちらはコピスガーデンです。花の苗や種を買いにやってきました。
 3月とはいえ、那須はまだまだ冬そのもの。



 下界はすでに桜の季節、一ヶ月ぐらい季節が遅れている感じです。





16:00
 いつも通り近くのスーパーに行ったのだけど、なんとなく今までより安いものが多くなっていた。
 なんでかなと思って、店を出たら目の前に新しいお店ができていました。

 ご存知のとおりの薬屋さんなんだけど、もちろんお酒や鮮魚を除く食料品もある。あとはなかに100均まで入っていた。
 競争があるってことは、こと消費者にとってはありがたいことです。







17:00
 那須での飲食というと、観光地でちょっとお値段高めの印象はあるけれど、探せば安くておいしいところはたくさんあります。こちらは初めて行った「つなしま」という中華料理店です。
 表通りからは路地を少し入ったところにあるのですが、ちゃんと年間を通じて昼夜営業をしている。

 那須は観光シーズンを外れた12月から2月まではお休みというお店も多く、また交通手段がなくなる夜間の営業はしていないというところも多いです。だから寒い時期の晩御飯探しは
ちょっと難しかったりする。
 逆に言うと、冬に夜間営業しているところっていうのは実力があるってことかもしれません。

 

 中華料理屋さんなので、モヤシ炒めとか、ギョーザ、そして麻婆豆腐などを普通に注文する。(だいたい一皿700円ぐらいから)
 本格的な四川料理の味付けで、辛いだけでなくとっても美味しい。あとは瓶で熟成した紹興酒が料理にぴったりでした。気に入ったので、また日を改めて伺います。







3.23 SUN 天気:晴れ
5:00
 日の出は6:00、気温はこのとき3℃。
 2日前に冷え込んだ時は-3℃、雪も降った。
 下界はもうちょっとでソメイヨシノが咲き始める時期ですが、那須高原はまだまだ冬です。

 

 那須連山の山頂付近から、少しずつ陽ざしが降りてくる。
 この時間帯がいちばん好きです。



 那須高原の観光シーズンというと、だいたい4月から10月ぐらいまでなんだけど、3月のこの時期や、雪のちらつき始める11月の終わりあたりも捨てがたい。






 静かで景色がまるで中世ヨーロッパの風景画のようです。



 最近の那須はけっこう変わってきていて、今あちこちで開発がすすみ、新しいお店やアミューズメントがあちこちにでき始めている。知らない間に大手薬局チェーンのお店が
できたりして、ちょっとびっくりです。

 コロナで一時はしんとしていた那須ですが、今はインバウンド需要や、グランピングなどのアウトドア系の人気の高まりで、再び投資が盛んになっているらしい。
 あとは何と言っても、平地での夏の暑さがある。38℃に及ぶような日が連日続くようでは、夏休みを楽しく過ごすのも難しい。開発する側としては、高原に目を向けるのは当然
かもしれません。



2025.03
camera: Canon powershot G9X Mk.2 / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio Pro.7 + GIMP 2.8 + Ichikawa Daisy Collage 10







アート巡り



2025.04.26 SAT 天気:晴れ
9:35
 以前那須に行ったとき、いつものようにカフェ&ギャラリーBUZZに行って見たら、「君島龍輝 木版画展」が開催されていました。
 君島龍輝氏は那須湯本出身の版画家で、日本のほかニューヨークなどでも多数の個展を開催し活躍されています。2006年には広島に移住して「広島から世界平和を発信する」
という活動を始め、この活動 BANGA COSMO-242 によってつくられた、巨大な版画は、「面積世界最大」「長さ世界最長」の2部門でギネス記録を持ちます。



 そしてこのゴールデンウイーク中、君島氏は故郷の那須湯本にて同時に2つの個展を開催しているということだったのでやってきました。
  君島龍輝。裏手彩色木版画展
  
4.19 (土) ~ 5.12 (月)  ホテルサンバレー内 サンバレー美術館




 



 こちらでは君島氏がこれまでに制作してきたものの中から、その代表的な作品を展示していました。
 基本的なモノトーンの木版画だけでなく、彩色された作品やデザイン画的なもの、寺社の天井画などもあって、デザイン性の高さと技巧部分が楽しめる作品展になっています。



 自分の選ぶここでの見どころはこの4人の天女かな。
 テイストは彩色木版のミュシャだなって思った。





 世界最大の巨大木版画 BANGACOSMO-242
 4.26 (土) ~ 5.7 (水)  旧那須小学校体育館
 そしてこちらが、BANGA COSMO-242 というギネス記録を持つ巨大版画です。入ってすぐのところに、どんと作品が置かれています。
 その版木は畳1畳分ほど、それが242枚つながっている。



 ステージ上からその全体を見渡すことができる。フロアのほとんどが作品で埋め尽くされています。



 そして中央部分は遠いので、何が描かれているが良く見えない。
 カメラを少しズームして撮影すれば描かれているものも分かるのですが、本当はもっと上から見てみたい。
「うーんやっぱり高画質のドローンで撮影するしかないでしょう。」
(もしかしたら地元のTV局がすでにやっているかも)

 さてなんでこういうことを書くかというと、作品の大きさだけがクローズアップされるというのは、自分としては間違いだと思っているからです。まずはちゃんとこの作品の
製作意図を読み取らなくてはいけない。
 こちらの作品は広島での悲劇をきっかけとして、戦争や天災、人災に立ち向かう人間模様を描いた作品になっています。そして大きく描かれた鳳凰は復活と平和の象徴です。



 さてこちらで再び君島氏にお会いできると思っていましたが、それは叶いませんでした。
 というのもこの2つの個展の準備が完了したところで、君島氏自身が事故に遭われ現在入院中なのだそうです。
 今回は故郷で初めて大々的な個展を開催することになり、そしてこれからは全国各地で作品展示を行って、作品を通して平和の尊さを世界に伝えていきたいという話を
以前より伺っておりました。
 一刻も早い回復をお祈りしております。



 

11:40
 国道4号線に面した田んぼにある「らいと」というラーメン屋さんを訪ねてみました。
 以前から伊王野方面に向かう途中、時々横目にしながら通り過ぎていたのですが、先日テレ東の「昼めし旅」に紹介されて、変なお店でなく、ごく普通のお店だということが
分かって、今回訪ねてみました。
 お店がこういう形態なのは、屋台として営業しているからです。
 メニューは醤油ラーメン(600円)とゴマラーメン(700円)が基本で、カップに入ったから揚げ(400円)を追加で注文しました。ラーメンは鶏がらスープのあっさり系、から揚げは
こんなに量が多くて元が取れるのか心配になるほどの大盛です。これはラーメン+から揚げのセットで決まりでしょう。



 

12:15
 週末のみ営業の cafe BUZZ ではギャラリーバーンのオーナーの清野さんの旧作品を展示してました。
 なんかちょっと懐かしい。





12:40
 そしてそのギャラリーバーンの方では宮里明人氏の個展が開催されてました。
 宮里明人氏は那須在住のアーティストで、那須での活動も今年で18年になるそうです。
 那須ってギャラリーや美術館が圧倒的に多くて、そしてまた多くのアーティストが在住するところでもあります。おそらくは黒磯駅から那須湯本までの間、全部のギャラリーを
回ったら1週間ぐらいかかるかもしれない、そういうところです。
(作品保護のためのガラスに写り込みがあって、できるだけ除去したのですが、その分画像が不鮮明になってますご容赦下さい。)






 すごく透明度の高い油絵です。もしかしたら透明な画材を絵具に混ぜていて、水彩画のような色の積み重ねをしているのかもしれないと思いました。
 シンプルで清々しい、自分はこういうものは描かないけど、多くの人にとって好感度の高い絵画なんだろうと思う。
(売約済みのマークがたくさんありました)



 立体造形も手掛けていて、こちらも日を改めて個展を開くそうです。



 

17:10
 いつもの殻々工房で夕食です。昔は週末に普通に行って、簡単に入れたお店だったのだけど、最近は予約しておかないと入れないお店になりつつある。
 バーなのでお酒がたくさんあるのは当たり前だけど、本格的なお料理がリーズナブルなお値段でいただけるのが魅力です。今日のメインは牛ネックの赤ワイン煮(1200円)、
お酒はバスタブジンのソーダ割りが抜群に美味しかった。
 きょうもまたとっても幸せな気分になれました。

 これから暑くなってくると、昼はアミューズメント施設で遊び、夜はグランピングやコテージでバーベキューみたいな楽しみ方が増えてくるのだろうけど、まだまだいろんな楽しみ方が
那須にはあります。



槙野匠個展「預けた荷物」展
3.28 (金)から 5.31 (土)  バー&ギャラリー殻々工房

 こちらでも個展をやってました。
 木材と鉄を組み合わせた立体造形なのだけど、自分には抽象的過ぎて鑑賞の仕方が分からなかった。適当なコメントができなくて、ごめんなさい。

 この1日で結構いろんなものを見た。お腹も満腹になったけど、頭のなかもいろんなもので満たされた感じです。
 様々なアートを見ることって、懐を広げる意味で大切なことだと思う。でも他の人と同じものを造っていてもダメ、模倣は初期の段階では勉強のために必要ですが、
もっと大切なのは自分の場所を見つけることです。










04.27 SUN 天気:晴れ
5:00
 翌日はやはり早起きして夜明け前のお散歩に出かけました。この時期の那須は広い田んぼに水が入る時期です。あたりが明るくなるにつれ、周囲の景色が広大な
水面に映りはじめる。
 この景色がとっても素敵です。那須の景色で何が好きかと聞かれたら、この時期に那須連山がこの水面に映る姿を間違いなくあげるでしょう。






 そしてこの景色をどこかで見たなと思ったら、昨日見た宮里氏の絵画とまさに同じでした。
 シンプルに美しいものをそのまま自分流にカンバスに再現する、それが作品の心地良さにつながっているんだろうなと思いました。







6:30
 今回は基本的に最初からアート作品を巡る旅をしようと考えていました。但し2日目は遠い会場なので一ヶ所のみになります。
 那須高原から山道を2時間半とばして福島県に向かいます。こちらは甲子高原殻の景色、このあたりはドライブの絶景スポットで、ふだんは南側から見ている
那須連山の北斜面を望むことになります。



 会津田島あたりはちょうど桜が満開で、阿賀川の桜並木がとてもきれいでした。



 ここからは国道400号線でひたすら山道を北上して、新潟県と福島県の県境に近い金山町を目指します。金山町から只見町たりは豪雪地帯として知られるところで、冗談でなく
道沿いの北斜面にはまだ50cmほどの残雪を見ることができました。






9:00
 やってきたのは沼沢湖のほとりにある奥会津「妖精美術館」です。
 こちらの美術館は4月末にオープンして11月の初めにはクローズするという、半年の季節限定の営業なのですが、これも雪深いところにあるが故です。その展示物は主に
創作人形で金山町が管理している施設です。(入館300円)
 この半年間については人形彫刻家として知られる戸田和子さんの作品展「神秘の森の妖精たち」が開催されています。

 ちなみに戸田和子さんは国際的に活躍されている人形彫刻作家で、ニューヨークやパリなどでも個展を開催しており、2000年には人形写真集「イノセント妖精の森」を出版
しています。
 自分も人形はつくりますが、正直なところ芸術作品としての人形にはあまり興味がない。それでもお名前だけは知っているので、日本の創作人形界の重鎮であることは間違い
ないでしょう。

 

記憶の断片
 大きな人形が鳥の巣を抱えている。そしてその抱えている鳥の巣は鳥の巣の中の妖精たちという一つの作品で、古い油絵がモチーフになっているそうです。







メイプルドリーム
 妖精に恋の行方を尋ねるシーンだそうです。あるピアノ曲からインスパイアされて制作した4つの作品のなかの一つ。


 

GiGi







余韻
 感想を言うなら、やっぱり人形鑑賞をすると、その意識がアイに向かってしまう。あんまり見つめないでほしいと思った。
 妖精が中心ではありますが、こういったスタンダードな創作人形もあります。




オーラックの手
 オーラックとはピアニストの名です。1925年に手を事故で切断したピアニストを主役にした映画がつくられた。なんとか手はつなぎ合わされて失わずに済んだが、その手は
本人の意識とは別に行動して、次々の犯罪を起こしてゆく。ちょっとオカルトですね。



 だからあんまり見つめないでって言ってるのに。

 自分の場合には、できるだけ目線の生々しさを避けて人形を制作しているのだけど、やっぱり方向性が違うんだろうな。人形そのものに独立した作品としての価値を見出す
ためには、その存在感を示す何かが無くてはいけない。そういうことなんだろうと思う。

 入口付近には大作や力作が並んでいて、その勢いに押されがちだったのですが、少し冷静になって人形の視線にも慣れてくると、いろんなところが見えてくるようになった。
自分も本格的な創作人形の鑑賞は久しぶりなので、目が慣れるまでに時間がかかりました。

 「リアルな人形が怖い」という人は多いと思うけど、その一つの理由は「生きていないのに、まるで生きているように見える」ということだと思う。
 そしてあともう一つ言うと、リアルな人形なのに不完全な点があって、それが精神的な不安を煽っているということもあるかもしれません。作品を見る者に意図的に何らかの
メッセージを送るという作者の姿勢が見えてくる。




不滅の肉体
 鍛え上げられたバレーのダンサーをモデルにした作品。
 肌や髪の色が真っ白で、眼球の色さえ白い。美しい肉体なのだけど常人とは違う色再現がなされている。


 

ユリの花のゆりかご
 手に持ったユリの花のなかに妖精が眠る。
 すぐに落ちてしまいそうな不安定な場所で、すやすやと眠っている危うさ。



女神になるとき
 女神になる一歩手前の女性たちを表現したもの。
 肉体の一部のみを重ね、まだまだ不完全な状態で苦悩している状況を再現しているのだとか。




幻のページェント 眠りで始まり眠りで終わる
 シェークスピアの戯曲「テンペスト」をイメージして作られた作品。




風化したとき
 足元から風化して溶けてゆく女性と、それを止めようとする男性を描いたもの。




パンドラの箱
 ギリシア神話で、パンドラが天からの贈り物の箱を開けてしまい、そこから世界に悪がひろまったという話があります。
 この作品では、箱から悪の妖精が出てくることで、その状況を再現している。

 非日常的な神話の世界を実にうまく比喩的にまとめていると思う。この演出はとっても良い。石粉粘土のほかにもガラスや金属などを巧みに使っていて、よくできたジオラマみたい。
参考になります。




アンナグレースと薄明の妖精たち
 もともとは下の3作品は別作品だったそうですが、一つにまとめて踊り子アンナグレースが妖精の国に旅立つときを描いた。
 今回この会場内で一番気に入った作品です。



 人形を作るものとして美しいと感じました。がしかし、ここにも「崩し」が入っている。
 リアルな表情ではあるのだけど、あえて目や鼻、口は荒くつくられています。特に眼球はよくできたグラスアイでなく、大雑把なオイルペイントで仕上げられている。
 確かにグラスアイなら更に美しいのだけど、インパクトはむしろ小さくなってしまうでしょう。この不完全さがこの作品の多くを物語っていると思う。

 ここに展示されている人形たちは、ある意味人形としては不完全で不自由な存在なんだということが、途中から分かってきました。
 やっぱり、あたりまえの世界を普通に作っていたらインパクトはない、特に人形そのものをアート作品として仕上げるなら、きれいに作っていただけではダメなんだろうなあ。
 だからここにいる人形は、確かにリアルなのだけど、あえて崩しを入れて非日常性を演出し、見るものに恐怖や不安定感、驚き、共感、様々な精神的な刺激をもたらしています。

 この解釈が正しいのかどうかとして、あとはその演出を見たものがどう感じるか、という問題になる。気に入られなければそれはそれで仕方ない。
 自分がすっぽりと入り込める世界ではないのだけど、かなりインスパイアされて帰ってきました。



 金谷町の妖精美術館を訪れた帰り、せっかく福島と新潟の県境までやってきたので、帰り道は景色の良いところをドライブします。



10:00
 こちらは金山町のシンボルで沼沢湖、約5600年前に噴火によってつくられた火口湖です。水面の標高は475m、水の色は青く深く神秘の湖と言われる。
 この沼沢湖を巡る道はフェアリーロードと名付けられています。



 満開の桜の下で撮影しました。





 ここまで来たら、やっぱり只見線の写真も印象に残る場所で撮っておきたい。
 こちらは只見線の会津川口駅近くにある上井草橋からみた風景です。
 写っているのは「薄明の妖精」というブロンズ像で、こちらも戸田和子さんの作品です。妖精美術館にも置かれていた作品なのですが、ブロンズにしてしまうとまったく印象が違います。

 只見線というと2011年7月の新潟・福島豪雨で甚大な被害を受け、会津川口と只見の間が長期間不通となっていたことが有名ですが、今年もまた記録的な豪雪で102日間の運休が
続いたのだという。
 こちらの作品は2008年に沿線の安全・安泰の祈りを込めて設置されたものです。

 今回はいろいろと考えさせられることがあった。
 売れるものと売れないもの、リアルとアート、人の評価と自分のやりたいこと。

 人形やジオラマをつくっていて、できるだけリアルな世界を作ろうとは思っている。
 でも人間を本当にリアルに作ろうと思ったら、それは蝋人形やマネキンの世界になってしまって、それは自分もつくりたくはない。それで評価してくれるのは特別な博物館ぐらいだろうな。
 だからリアルであることが、人形やフィギュアづくりで最も大切なことではない。

 妖精美術館で見た人形たちは、リアルではあるけれど、人そのものに比べたら不自然であったり、不自由であったりする。つまり作者の意図として、本来はリアルであるものに崩しが
入れられていた。
 要はその崩し方の問題なんだろうな。
 アートの世界では意図的な崩しが、どのように人の感性に届くかで評価が決まるんだろうと思う。

 古くからあるブロンズや石像などは、当初より着色することを否定し、造形的な美しさや面白さを追求して、アートのなかの一つのカテゴリーを形成してきた。意図なくあえてこれを
着色しようとする人は少ないと思う。

 一方で今世紀の初めの10年ほどの間、いわゆる創作人形のブームがあった。
 そこではどちらかというと崩しの少ないリアルなドールが主流であったように思う。洗練された着せ替え可能なビスクドールやリアルな粘土製人形がもてはやされ、そしてそこから派生
したレジンキャストによる球体関節人形(BJD)が一つの時代を作ったことは間違いない。
 今では信じられないことだけど、ドールイベントには数万人もの人が押し寄せ、人形関係の雑誌や写真集、制作方法を解説した本など、いくつもの人形関連の本が出版されていました。

 そしていつしかブームは去る。
 こういった崩しの少ない人形たちは、最終的には中国製の格安の球体関節人形たちのなかに取り込まれていったような気がします。
 今ではAIを用いて様々なタイプのお人形が設計され、完璧なメイクと衣装を身に着けて販売されています。お値段は1/4スケールのもので2万円ほどから、おそらく崩しのあまりない
お人形が好きで、ときどき着せ替えを楽しむだけなら99%の人が満足できると思う。

 それでも自分がリアル系の人形を作り続けているのには理由があります。
 ホキ美術館の出現などでスポットが当たるようになった写実絵画という分野があります。写実とは言うけれど、もちろん写真とは全く異なる。写実絵画はあくまでも作者の目を通して
描かれるもので、それが人形の世界でもできたらよいなと自分は思っていたりします。
 あとは崩しの入っていない人形は、確かに単独ではその存在が弱い。だからそこは背景や撮影で補って、全体として一つの作品にしてゆくという構想です。
 但しこちらは後ろからAIに追いかけられているような狭間の分野なので、いかに早く形としてまとめられるかが勝負かな。



2025.05
camera: Panasonic DMC-TZ60 / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio Pro.7 + GIMP 3.0








アジサイ





2025.06.21 SAT 天気:晴れ
12:50
 福島県の須賀川でウルトラのヒーローたちと遊んだあとは、例によって那須に戻ってギャラリーバーンにお邪魔しました。
 この日は個展などの特別な催しはなかったので、オーナーの清野さんの作品がずらりと展示されていました。

 

 左側は人気シリーズのペーパークラフトの家です。購入してゆく人が多くて、最近では長さ5mに及ぶ作品のオーダーを受けたのだとか。

 

 個人的にいつもインスパイアされ、ジオラマのヒントもいただいたりする立体的なコラージュ作品です。
 左の作品ですが、古いスケッチブックに描かれた絵、そこから伸びる手には鈴。枠を含めたこの構成に目を見張るものがある。大量のジャンクパーツが手元にあって、そえれらを
組み合わせて作品は作られる。一見不要に見えるものも、実は宝の山の一角だということ。

 

 これらの作品群の中では、左側の作品が一番好き、美しい。  



もともとアニメーションを制作する会社に勤務していたそうで、その経験からか、絵を描くのはものすごく早い。
 たとえばこの絵も一晩で描き上げたそうです。すごい。



 清野さんの描いた絵の中ではこれが一番好き。
 右肩の部分に小さく白い文字で「NO WAR IN UKRAINE」と書かれている。

 この那須に居を構えたころは、まだアニメーションの仕事をしていたそうで、1時間かけて東京まで新幹線で通勤していたそうです。その後は独立してこのギャラリーを構える。
今では那須の芸術活動の拠点の一つなんだけど、この日はこれまでのことをいろいろと語って下さいました。

 あとは「最近はものをつくるってことに興味を持たない人が多くなってしまった。」と嘆いていました。
 芸術に限らず、そもそも日本は資源の少ない国なので、ものつくりで生きてゆくしかないと昔から言われていた。それがバブルの頃からおかしくなった。ものは作らずに金融投資等で
楽して儲けるみたいな流れができてしまって、結果として現在のような身動きできない状況を招いたのだと自分も思う。



 プラモだってパーツが最初から色つきになっても、やはり作る人は少なくなって、多くの人は完成品を最初から求める。そしてAIにアイディアをもらいながら模型の配置をしてジオラマ
としてまとめる人もいるんだとか。
 なんかおかしい。
 根本的に創造することの喜びを放棄してしまったら、生きてゆくことの意味が半減するような気がします。





 このあとは家に帰ってきて草刈りです。この時期の家のお手入れというと草刈りは欠かせません。





6.22 SUN 天気:くもりのち晴れ
4:30
 翌日は例によって暑くなる前の早朝散歩です。



 水田の稲がきれい。
 真夏ではあっても、夜間は山風が下りてくるので、早朝は結構涼しくて毎日のように朝靄に包まれる。気温はだいたい20℃前後、もちろんエアコンは不要です。



 こちらはあちこちにある観光施設の案内看板の一つです。つまりは紹介していた4つのうち、営業を続けているのは1つだけということです。

 コロナの時代に撤収してしまったところも多い一方で、今改めて大型の宿泊施設などがたくさん進出してきている。その変化は激しい。月に1度程度は那須にやってくるのだけど、
そのたびに景色は変わってゆく感じです。
 もう6月から10月ぐらいまでは、気温が30℃を超えるのが当たり前になってしまった今、観光業界が昼間でも遊べるところとして、那須高原に目をつけるのは当然かもしれません。



 帰り道、あじさいがきれいに咲いていた。
 那須ではちょうど見頃になっている。
 それではコンビニで朝食を買って、きれいなあじさいの咲く場所で食べようと言うことになった。





6:50
 やってきたのは東奈須野公園、那須塩原駅から800mという場所にありながら、それほど人が多く集まることもなく、のんびりと食事ができるところです。
 公園は高台にあって、水田の中にポツンポツンと島のように民家が浮かんでいる。



 広大な敷地には1万本ほどの様々な種類のあじさいがあります。
 季節によって桜やスイセン、ツツジなど様々な花が楽しめます。



 ついでだからこのままドライブに出かけてしまおう。
 出発。





8:05
 東奈須野公園から喜連川(さくら市)方面に向かいます。喜連川藩は足利将軍一族のなかでは唯一江戸期も大名格で残った家柄だった。(いわゆる高家に近い扱い)
 また喜連川は奥州街道の宿場町でもあり、古くから戦略的な要衝でもあったことから、近隣には様々な歴史的な建造物が残ります。

 

 こちらは中心街から少し離れたところにある三光山清光院普濟寺(ふさいじ)です。
 こちらは450年以上の歴史があるお寺で、境内にはいくつもの石仏があり、全体が深い緑に覆われている。大きくはないけれど静かな時間の流れるところです。



 お寺は水田を見下ろす高台にあって、さらにその奥には那須氏の一族である金枝氏の城があったといわれています。お寺もこの金枝城の築城とほぼ同時期に建てられた。
 画像の奥にその城址があって、今もその遺構がはっきりと残っているというのだが、さすがにこの時期だと訪れてみる気にはなれなかった。



 近隣にはこういった中世の城址と古くからの集落という組み合わせがいくつもあって、訪ねてみるとけっこう面白い。ただしそこにはある程度の知識とかなりの想像力が必要なのは
間違いない。







 一帯は鬼怒川をはじめとするいくつもの河川が南に向かって流れ、水平線の彼方まで真っ平らな水田が続くようなところです。
 こういう豊かな場所だからこそ、この地を巡っていくつもの戦いが起こった。
 こういうところをドライブするのは楽しい。遮るものはなく、信号もない。



 しかし降りてみると、以外にも涼やかな風が吹いていたりする。





 

9:20
 こちらは芳賀の城興寺です。古来より霊場名刹として知られていたお寺ですが、1584年の火災で開山遺構の記録や歴史等はすべて消失してしまったという。でも再建された
本堂、趣のある山門や鐘楼がとても良い感じです。
 またこちらのお寺は地元では延生地蔵尊という通称で呼ばれており、関東秩父三十四観音霊場の第5番札所になっています。

 

 こちらがその延生地蔵尊で、安産・子育ての地蔵菩薩として参詣が絶えることがないという。
 また毎年8月24日には本尊地蔵菩薩が日の出と共に開帳されるということで、前夜よりたくさんの人が訪れて盆踊りなどが行われ、たいそう賑わうそうです。

 

 ムクロジュの花、そしてここでもアジサイの花が咲き、とてもきれいでした。
 このあたりって、決して観光客が目指してゆくところではないと思うのだけど、昔ながらの味わいのある景色を見ることができて、自分などは結構楽しめるところです。



2025.06
camera: Canon Powersho tg9x Mk.2 / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio Pro.7 + GIMP 3.0







名も知られぬ名工




2025.08.03 SUN 天気:晴れ
12:15
 この日は再び福島県の須賀川で、最近売り出し中のMOZU三の個展を見に行った。帰りに白河「とら食堂」へ行ってみたら、開店前の時間帯なのに、もうすでに
2時間待ちの列ができていました。



12:20
 そういえば最近BUZZで蕎麦を食べることができるよう担ったのを思い出し、注文してみました。今時600円でこれだけのもの食べられるなんて幸せかも。




13:00
 そばをいただいた後は、いつものようにギャラリーバーンに出かけた。
 ただいつもと違うのは、一つだけお願いがあったということです。先日、主催者から浜松ジオラマグランプリのポスターとチラシが届きました。「参加するならPRもしてね」
ということなんだろうと思いましたが、何分にもお願いできるところが、ここギャラリーバーンしかない。

 栃木県と静岡県ではだいぶ距離はあるのですが、効果がないと決めつける必要もない。
 幸いオーナーの清野さんがかなり興味を持ったようで、いろいろ質問された。もしかしたら清野さんも来年出品するかもです。





 ギャラリー入口にはずらりと狐のお面が並んでいた。何かのイベントで使うもののようで、清野さんにペイントが任されたと言うことらしい。
 一つ一つのデザインが洗練されていて良い。こういうのを注文されてから、さらりとやってのけるのはさすがというしかない。

 この日は先日完成させた「calling you」というジオラマを持参したのだけど、仕上げの方法にちょっとだけ質問をいただいた。
「最後はUVカットの塗料を吹き付け、更にその上から適切なコーティングをしている。」と答えると、「なるほど作品を売るなら、そのあたりのことも少しは考えないといけないかな。」
という話でした。

 自分自身の制作した作品は少なくとも30年を経て劣化の目立つものはない、これは多分自慢しても良いところだと思う。



 あとはいつも通り、作品作りについて話がすすむ。
 こちらは最近つくったものということで、清野さんが奥から持ってきたものです。上は河原の石をペイントした金魚、下はその石を割ってあんパンに見立てたもの。

 アートとかミニチュアって、実物をそのまま再現しても、ただそれだけでは意味はない。リアルなものを何らかの形でアーティストが加工することで意味を持つ。
 この場合には、石を使って「見立てる」というのが、その手段になっている。
 この日はMOZUさんのミニチュア展を見たあとだったので、リアルとミニチュアとの関係のようなものも話題になった。

 

 あとは清野さんの作品を鑑賞です。
 こちらはペーパークラフトの家、ライティングによって数段見栄えが良くなる。

 

 こちらは立体的なコラージュ作品です。いつもその構成や仕上げに感心してしまう。
 ちなみに、右側の作品に手すりの向こうに1/20ぐらいのフィギュアを置けば、すでに立派なジオラマになると思いませんか?

 清野さんはあまりフィギュアは置かない人なのですが、自分なら、たとえばマイフェアレディのオードリーヘップバーン(大きな白い帽子をかぶった姿)を登場させて、
浜松ジオラマグランプリに出品することなど考えるかもしれない。



 いつものオートマタ(動くおもちゃ)です。
「だんだん洗練されて来た感じですね。」といったら、自分の作品ではないけれどと言いつつ、2つの作品が出てきました。

 

 ミニチュアの椅子、先日まで道の駅で売っていたもの。スケール1/12ぐらいで、実物同様、加熱して木を曲げて組み合わせているそう。100%リアルと言っても良いミニチュアです。
 右側もその方の作品で、見ての通りのオートマタ、泳ぐペンギンの仕上げがすごい。羽毛一本一本が緻密に掘られ、可動部分のがたつきは皆無。美術誌に出てくるような工芸品と
言っても良い仕上がりです。

 ある時計屋さんが清野さんのオートマタに触発され、作り方の本を借りていって制作したんだそうです。ただその方は最近亡くなられたということで、作品だけがこのギャラリーバーン
に残されたということらしいです。
 世の中の評価って、実力だけで決まるものじゃなく、巡り合わせや運が関係する。日の目を見ることなく忘れられてゆく作品は、スポットを浴びる作品よりずっと多いに違いない。



 

 家に帰って、みっちりと2時間ほど草刈り、でもあんまり草が伸びていなかったのは意外だった。通常は一ヶ月も放置すると雑草が伸びて、もう大変なことになってしまいます。
 あと作業中いつもは蚊の襲来に苦しめられるのですが、今年は本当に蚊が少ない。



 どうもこれは天候の問題とは無縁ではないらしい。基本的には降水が例年よりも圧倒的に少なく、那須周辺にある貯水池は、もうすぐ底が見えそうになっていた。
 これでは植物は育ちにくいだろうし、蚊の育つ水たまりもできないでしょう。またたとえ雨が降ったとしても、那須高原でも日中35°に及ぶ日もあって、すぐに乾いてしまう、
そんな感じです。



 

17:15
 草刈りで一汗かいたので、この日の晩ご飯はご近所のバー&ギャラリー殻々工房へ。まずはよく冷えたビールからスタートして、画像にあるようなキュウリの入った
ジントニックなどをオーダーしてみた。
 食べ物はゴルゴンゾーラのニョッキや鳥の炭火焼きなど、いつもながら、どれもこれもおいしくて大満足でした。
 最近は予約入れないと入れないことも多くなっちゃったのが、少し残念かな。



 入店したのは5:30頃、1時間ほどお店にいたけど、外に出たらまだ明るかった。



 そして那須岳の山の裏側から、もくもくと黒い雲が湧き上がってぽつぽつと降り出した。
 山の天気は変わりやすい、降るときにはどんと降るのですが、そのメリハリというか、変化の激しさも近年は目立ってきているように思う。激しい雨や落雷も増えた気がします。



トランプ君は否定するだろうけど、明らかな地球温暖化の影響だと思う。





8.04 MON 天気:くもりのち晴れ
5:45
 翌朝は激しい雨がやんで、朝靄のかかった朝でした。

 

 やってきたのは那須町の「上の原のハス畑」です。少しかすんでいて、その分、幻想的な景色です。
 橋の花は夜明け頃から咲き始めるということなので、早朝のこの時間帯がベスト。もちろん葉の上にはコロコロとした水滴が宝石のように散らばる。

 

 仏教の教えでは、蓮の葉は宇宙を表し、その上には極楽浄土がひろがるのだという。
 ピークは少し過ぎていましたが、8月いっぱいは楽しめるそうです。近くには見学者用の駐車スペースも用意されています。



6:50
 那須には景色の良いところが多いし、少し東にゆくと東山道の名所旧跡があったりするので、少し早起きして、そういったところで朝食にするというのも珍しくないです。
ともかく日中は那須でもそれなりに暑いので、行動するなら朝に限ります。

 

 やってきたのは黒羽城址です。黒羽城は1570年に大関高増が築城したお城で、天守や櫓こそないものの、城郭の遺構はきちんと保存されていて、当時のおもかげを
残しています。
 本丸跡には展望台があって、那須や日光連山が一望でき、眼下には那珂川の清流が流れるところです。



 あとは6000株の紫陽花の咲く名所としても知られる。でもさすがにこの時期になると、名残の紫陽花がほんのわずかに残っているだけでした。
 朝食は本丸内の歌舞伎の舞台でいただきました。ちょっと贅沢かも。



 城郭内には「黒羽芭蕉の館」という資料館があって、松尾芭蕉と黒羽藩主 大関家の資料を常時展示しています。
 またこの資料館の庭園のつくりも見事で、近くには江戸において芭蕉の門人となっていた黒羽藩城代家老 浄法寺高勝の邸宅跡もあります。

 

 こちらは黒羽山 大雄寺です。領主であった大関氏の菩提寺として、長く庇護されてきた。
 もともとは1404年に余瀬の白旗城に開山したのがその始まりですが、大関家がこの黒羽に居城を移すに際し、大雄寺も現在地に移ったとされます。



 この大雄寺には7つの歴史ある茅葺きの建築物があり、国から重要文化財の指定を受けています。

 

 廻廊でつながれた茅葺きの建造物群もすごいけど、樹齢を重ねた巨大な杉が立ち並ぶ様もすごい。暗くそしてひたすら静かな空間に石仏がいくつも鎮座している。
 精神修養の場として坐禅に訪れる方が多いというのも頷けます。



 境内の一番奥には黒羽藩主 大関家代々の墓地があります。
 墓碑の形式は様々だけど、すべて芦野石が用いられていて整然と立ち並んでいる。隙のない威厳を感じます。わずか2万石の外様大名であることを考えたら、この墓地は
すごいかも。

 1689年、松尾芭蕉は「おくのほそ道」行脚の際にこの2週間滞在したという。これは「おくのほそ道」では最長の滞在期間となります。
 この間、芭蕉をもてなしたのは城代家老で浄法寺高勝とその弟、鹿子畑豊明の二人であった。彼らは江戸での芭蕉の弟子であり、郊外の寺社や名所旧跡を案内したという。

田や麦や中にも夏のほととぎす (芭蕉)
 田には緑の早苗、畑には黄色く熟した麦、いかにも初夏らしい農村風景がここにひろがる。
 そんななかで鳴く ほととぎすの声が実に爽やかである。

 こんな句碑が黒羽城址の入口にありました。
 爽やかな初夏とは、ちょっと羨ましい。芭蕉が今の時代にやってきたら、どういう句を詠むんだろう? 





7:50
 こちらは珂川町の田んぼアートです。描かれたキャラクターは「なかちゃん」で地元の地域おこし協力隊が育てているとのこと。
 これだけのスケールの田んぼアートはなかなか見られないと思う。



 今回ご紹介したところは、もちろん観光地でも何でもない。きっと旅行のガイドブックにも出ていない。
 いわゆる「何にもないところ」に行ってみると、以外にもこういう素晴らしい出会いがあったりする。その驚きや発見は、知っていて出かけるよりも、ずっと楽しいかもしれない。



2025.08
camera: Canon Powersho tg9x Mk.2 / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio Pro.7 + GIMP 3.0







木綿畑




2025.09.06 SAT 天気:晴れ
 この日は群馬県立館林美術館で開催されている「はしもとみお木彫展 いきものたちとの旅」を見学してきました。






 まずは豊かな表情の動物たちにびっくり。あとは旧ソビエト連邦のスプートニク計画で、宇宙に送られたライカ犬のお話が心に響いた。
 はしもとさん自身は15歳の時に阪神淡路大震災に遭遇して自宅が全壊、一緒に生活していたペットたちが犠牲になったという経験を持つ。それまで獣医を目指していたのだが、
それを機に「動物の命」をテーマにする芸術家になることを決意したそうです。







11:50
 ここから那須に向かう通り道、佐野を通りかかったときがお昼時でした。ここで「佐野ラーメン」を名乗っているお店で、まずいお店があるわけがないということで、国道沿いの
「茶煒那」というお店に入ってみました。間違いない佐野ラーメンとチャーハンのセットが1250円、大満足でした。





12:20
 栃木市に入って、ちょっと気になる場所があって立ち寄ることにしました。
 観光地ではないけれど、たとえば googlemap などを眺めていると、ふとここはどういう所なんだろうと興味を持つことがあります。ガイドブックにはあまり情報は出ていないし、
ネット上で評判の観光地でもない。でもきっと何かがある、そういう予感のあるところです。
 目指したのは栃木市(旧岩舟町)の小野寺という所です。ここで関東でも最も古い時代の神社とお寺を見つけました。



 こちらは村檜神社、646年創建と伝わる下野の國の三ノ宮です。神社の創建にあたっては藤原秀郷が関係していたという説もあるようです。
 社殿はそれほど大きくはありませんが、今では珍しい檜皮葺で、明治の頃には早くも国の重要文化財に指定されています。
 でもとってもひっそりとしていて、訪れたときには参拝者は自分たちだけでした。

 

 この神社の良いところは、参拝にドラマがあることです。
 一の鳥居は300mほど離れたところにあるのですが、そこから北に向かうと参道は深い鎮守の森に覆われはじめる。そして石段を登り始めると、前方には、ぽっかりと
あいた山門の空間から、明るく社殿の屋根が見えるといった感じです。

 

 こちらは大慈寺、奈良時代(737年)に行基によって開基されたとされる天台宗の寺院です。おそらくは村檜神社との関連もあってここに建てられたのでしょう。
 古の時代、神仏は明確に分けられたものではなかった、そうなってしまったのは明治以降の話です。

 下野の国が発展したのは、以前にも述べたように飛鳥時代に下毛野朝臣古麻呂(しもつけのあそんこまろ)が、下野薬師寺を創建したことが大きいとされる。
 下野薬師寺の創建は飛鳥時代の680年ごろ、そして聖武天皇の詔によって全国60数か所に建てられた国立の寺院のひとつ、下野国分寺の創建は741年、今でこそ
下野は北関東の目立たないところではあるけれど、その昔は関東一円のというよりは、大和国の東側では文化や政治の中心とも言えるようなところだった。



 境内には本堂のほかにも薬師堂や大師堂など、様々な歴史的な建造物もあります。



 かつてここは七堂伽藍のある巨大寺院だったそうで、後に比叡山延暦寺の開祖である最澄の直弟子となった円仁が修行したほか、民衆に仏の教えを広めた様々な
名僧を輩出している修行の場でした。

 

 ちなみにその円仁を研究し、彼の著作を世界に紹介したのがアメリカの駐日大使でもあったライシャワー博士で、境内にはその記念碑が残っています。
 また小野小町伝説の残るところでもあり、その墓所墓と伝わる場所もある。



 さらには奥の院や修行の場として知られる岸壁など、面白そうな場所は多数。少し歩いたあと、ここって1日かけて回っても良いようなところかもしれないと思った。
 けどいかにせよ謎が多い割に情報が少ない。しかも気温が35℃では・・・。涼しくなったら、また立ち寄りたい。



 はっきり言ってしまうと、ここは宗教的・歴史的にとても意味のありそうな所なのですが、全体として寂れている感じは否めない。週末なのに、駐車場は最後まで
自分たちの車1台だったし、お寺や神社に人影はなかった。そして地域の方々とすれ違うこともなかった。

 これで良いのかなと、やっぱり思った。
 観光客も来ないし、人口減や高齢化の影響で地元でサポートできる人間も減っているのだろうと思った。結果、少しずつ伝統的なものは修復できずに失われてゆく。

 そしてもう一つ、見る側の問題もある。価値のあるものは次世代に残す視点を持つべき。
 「人の行くところに自分も行く」のでなく、自らが探しに行くという気持ちは、旅だけでなく、創作活動や生き方そのものにも関係すると自分は思う。







13:40
 道の駅「那須塩原」で恒例の田んぼアートを見学しました、
 宇都宮ライトレールに乗るご当地キャラの、はがまるくん(芳賀街)ミヤリー(宇都宮)です。







14:15
 やってきたのはいつものギャラリーバーンです。(基本的に入館無料)
 この日もオーナーの清野さんの作品が並んでいた。最近は展示という意味では後で出てくるBUZZが中心になっていて、こちらは交流の場という意味合いが強くなってます。

 

 この日はギャラリーは開いていたけど、清野さんはお出かけ。
 ということで作品だけ見学させていただきます。上の作品は手作りのオートマタ、クランクを回すと尻尾と首が動くレトロなおもちゃです。犬のやる気のない表情が良い。

 

 今回いくつも並んでいたのはペーパークラフトの家、これまでの味のある表現に加えて、細かな部分に手が加えられるようになってきた。小物類が追加され、生活感のある
作品としてみることができます。もはやジオラマですね。







 

 こちらが那須中学校前のカフェ&ギャラリーのBUZZです。この日は地元作家の個展会場になっていました。
 こちらで休憩します。アイスコーヒーが1杯400円で、おそらく近隣では最も安い。食事もできて、週末には手打ちそばもメニューにのる。小鉢がいくつかついていて600円
というのはすごい。
 利用客は、観光客はむしろ少なくて地元の人が中心です、交流の場になっている。でもここは近隣施設のパンフレットや連絡掲示板などもあるので、情報収集には良い
場所です。

 

 地元の人が突然やってきて、仕留めた熊さんを見せてくれた。こんな爪で一殴りされたら、それだけで大けがする。
 観光客の皆さんはあんまり知らないだろうけど、ここにも出没情報が多数あって、道の駅周辺まで熊は降りてくる。
 もちろんイノシシやサル、ウサギなんかもいる。早起きして田舎道をお散歩していると、ときどきそういう生き物たちに出会うこともある。







15:30
 まだまだこの季節には、別荘の草刈りは欠かせません。だいたい250坪もあると、電動草刈り機を振り回すだけでも1時間ぐらいはかかります。終わるころには汗だらけです。
 ここのところ、よく「涼しい場所」ということで、関東では那須高原や房総の勝浦などがTVなどでもよく出てくるけど、決して涼しいわけではない。
 このところの猛暑で35℃まで気温が上がる日もある。ただ少しだけ下界よりましなのは、日陰にいて風でも吹いていればエアコンがいらないこと。早朝は20℃ぐらいまで下がって、
お散歩するにはちょうど良いことかな。

 あとTVなどでは、こんなにきれいな場所、おいしいもの、面白い施設がありますみたいな紹介のされ方をするけど、地元に住んでいる人は、もしかしたらあんまり行っていない
かもしれない。
 自分たちもTVを見ていて「え、こんなところができたの? 知らなかった。」みたいな感じです。
 最近は地球温暖化の影響もあって資本投入された結果、那須には観光施設や宿泊施設がいろいろと作られているみたいですが、実はあんまり興味がなかったりする。





18:00
 さてこのあとは晩御飯なのですが、今回は9月初旬に行ったので、まだまだ那須はハイシーズンです。いつも行っているお店も、週末は何日か前に予約を入れとかないと
入れません。



 それならばと、この日は自分でつくることにしました。幸い、道の駅や地元のスーパーでは美味しいお野菜が格安で販売されています。たとえば無農薬栽培の獅子唐が100円、
ナス5本で118円、空心菜160円・・・といった具合です。

 

 ナスと獅子唐を多めの油でいため、これをめんつゆで味付けして大根おろしをかける。抜群においしい。原価を計算したらなんど160円でした。(左)
 空心菜ときのこの卵炒め、味付けのメインはcookdoの香味ペーストで、こちらは原価200円。これがまずいわけがない。けどちょっと火を通しすぎた。(右)



 この日は豚バラにトマトとアスパラガスを加えて炒めたものなどを追加して、おなか一杯になりましたが、それでも食費は全部で1300円ぐらいしかかかっていないと思う。
(2人前)
 那須の道の駅やスーパーでバーベキュー用のお肉をたくさん買ってゆく人をよく見かけるけど(グランピングのブームで最近は特に増えてる)、野菜料理も食もべないと、ちょっと
もったいないなって思います。

 翌日は早起きして近所を巡ることにしました。
 那須高原というと華やかなイメージがあるけど、そういうところに行かなければ、本当に静かな田舎そのものです。





.09.07 SUN 天気:晴れ
6:40



 最高の朝食を食べようと、木綿畑というところまでやってきた。もちろんここも観光地でも何でもないところです。但し最高の朝食と言っても、コンビニで買った野菜ジュースやソーセージ
の類いではあるのですが。



 山梨の富士山を望むコンビニが有名になったけど、このコンビニも結構すごくて正面に那須連山、そこに続くまっすぐな農道に沿って田んぼがひろがるという、最高の
シチュエーションです。

 

 稲についた朝露が輝く。 ここで朝食をとったら、最高においしい。






 緩やかに農道は那須連山に向かって登り、途中にいちめんの蕎麦畑やトウモロコシ畑がひろがる。
 ものすごく広大な農地で、「ああ、ここで取れたものが全国に発送されているのか」って感じです。下手な景勝地よりずっと景色が良い。

 

 傍らには、小さいけどきれいな集落があって、その中心には明治時代に建てられたと思われる、小さいけど立派な稲荷神社があります。

 

 大切にされてきた神社には、その創建当時の写真が残されていました。
 このあたりはおもに富山出身の入植者が開拓を始めたのだと聞いたことがあります。



 農道をまっすぐ進んたいちばん山側の、田んぼや蕎麦畑などを見下ろす場所には、たくさんの馬頭観音が建ち並んでいるところがあります。おそらくは人々とともに、
地を掘り起こし続けた仲間だったに違いない。



 ここの地名が「木綿畑」というのは、それこそここは普通の作物は実らないような荒れ地で、なんとか綿花だけが収穫できたということでしょう。
 正面にそびえる那須岳は何度となく噴火を繰り返し、あたりには今もたくさんの噴石が地面に埋もれている。
 開拓が始められた頃は、そういったものが地面に露出していて、開拓者はそれらを一つ一つ掘り起こしては、作物の育ちやすい土質に変えていったわけです。



 今まさに日本ではこういった風景が少しずつ失われているわけで、農業がちゃんとした産業としてやっていけるような状況にしないといけないんじゃないかと、やっぱり思うわけです。



2025.09
camera: Canon Powersho tg9x Mk.2 / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio Pro.7 + GIMP 3.0







古峯神社




2025.11.02 SUN 天気:晴れ
12:00
 奥久慈で長居したあと、那須にやってきた。



 秋のこの時期は「那須高原作家協会展」が毎年開催されていて、今年はギャラリーバーンのほか、カフェ&ギャラリーBUZZがその会場になっていました。
 「那須高原作家協会展」は、その名のとおり那須を拠点としている作家の作品展で、陶芸や立体造形、絵画、染色、写真等々様々な分野の作品が展示されていました。(会期終了)



 こちらはギャラリーバーンのオーナーの清野さんの作品です。
 1m以上もあるリアルな鯨の背中に街が乗っかっている。この迫力が凄い。様々なペーパークラフトを作り続けてきた清野さんの集大成のような作品です。



 ふとこれを見て思うのは、この作品をジオラマとしてみると、ベースが機械仕掛けの巨大な鯨そのもので、そこに「天空の城ラピュタ」に出てきたスラッグ渓谷に似た町並みが
できているわけ、このスケールの大きさがなんとも凄い発想だと思う。

 ジオラマというと、何も考えないと普通に長方形のベースボードで作り始めちゃう人は多いかも知れないけど、少し考えた方が良い。必要に応じて自分は台形にもするし、
楕円形ということもある。最近はその枠をはみ出して登場人物等を配置することもある。
 要は何を表現したいかがポイントで、ステージはそのために最もふさわしいものでなくてはいけない。



 先日までこちらで個展を開催していた宮里明人さんの作品です。
 自分も人形をつくる人なので、こういう立体造形には興味があるのですが、この柔らかいボディラインには脱帽かな。球体関節人形の場合には「可動する」というポージングの
自由度を得た一方で、残念ながらボディラインの美しさを部分的に失ってしまった。
 自分もなんとか「柔らかさ」を出したいと思っているけど、なかなかうまくゆかない。
 実際、妬ましい限りです。



 ものすごくリアルなイグアナ、造形的にパーフェクトな出来ではないでしょうか。
 作家の赤塚博文さんはトリックアートの分野でプロとして活躍中です。



 御嵜翔太郎さんの作ったクモ、大きさは足を広げて1m以上ある。すべて木製で可動式になっているというのもポイントです。
 そしてよく見ると、このクモには全く着色がされていない。バーナーなどで加熱して部分的に黒くして色の変化をつけ、質感は光沢を出したいところに磨きをかけ、つやのない
ラフなところは更にバーナーで焦がしてつやを消すという感じ、それでここまで表現できるというのは驚きです。

 

 こちらは佐藤弘行さんの作品で、使用しているのは着色した砂です。立体感があり、一般的なレリーフとは全く異なる質感がある。
 最初にこれらの作品を見たとき、あまりの表現のすごさに絶句しました。
 そして次に思ったのは、こういう技法を自分も身につけることができたなら、きっと表現の幅もひろがるだろうということです。



 こちらは赤塚映子さんの作品で、様々な和紙がコラージュされて、その上から着色をしている。重ね合わせの妙ですかね。
 自分も砂やセメント、様々なメヂィウム、塗料などを重ねていって質感と色づけを行うけど、こういうものを見ておくと、あとでヒントが得られたりする。



 こちらは菅野秀明さんの写真、薄手のゴムシートを人の上に載せて空気を吸引し、ライティングしてから撮影をしているのだと思う。

 たとえばオリジナルフィギュアを作れば、それはそれで一つの作品。そのフィギュアに演出を加えて背景付きで展示すればジオラマになり、撮影すれば写真という形の作品になる。
 ようするに何を伝えたいかを意識して、それに最適な表現方法を選ぶというのが大切なこと。

 最近になって思うのは、「人形ってこういうもの」「ジオラマってこういうもの」と自分で決めつけてしまってはいけないということです。やり方によってはもっと面白くなる。



 こちらは赤塚博文さんの描いた猫、可愛い。



 その猫を段ボールの底に描くとこうなる。
 こういう驚きのある作品が面白い。

 バンクシーだってカンバスや紙でなく、普通の民家の壁に、断りなく描き始めたから有名になった。自分が今何に縛られているかを知ることはものすごく大きな意味があると思う。





 

14:00
 行ったのは連休の時なのだけど、予想8通りものすごく込んでいました。中心街の広谷地交差点あたりは1kmほどの渋滞ができていて、通過するのにそこだけで20分以上かかって
いたんじゃないかと思う。

 那須高原ではこの連休あたりを最後にして静かな冬を迎えることになります。



 もう草刈りの必要はないね。







 お店に行っても、どこも込んでいるに違いないと思って、今日は近所のスーパーで食料を買いだした。

 

 こちらのお惣菜が結構おいしい、お酒もおいしい。



 一日が静かに終わります。








11.03 MON 天気:くもり
6:30
 翌日は連休最終日です。渋滞にはまるのは嫌いなので長居は無用、あとは寒気が入り込んでいて、天気があまり良くなさそう。那須の11月はすでに冬の入口で、みぞれぐらいは
降っておかしくはない。
 ということで、早々に那須から南下して、早朝から日光方面に向かうことにしました。但しこちらも「いろは坂」を通るなんてことは、わざわざはまりにゆくようなものなので、少し外れた
紅葉の名所などを巡ることにしました。
 向かったのは鹿沼市の古峯ヶ原というところ、場所的には足尾銅山に向かう途中、山の裏側は奥日光という山深いところです。  

 

 こちらは日光の外れの小来川というところ、小さな地蔵尊があって立ち止まった。
 「たたき地蔵尊」という名前がついていて、自分の悪いところと、お地蔵様の同じ場所を小石でたたくと効果があるのだという。長い年月を経て、少しずつお地蔵様は
小さくなってゆく。



 とっても趣のある場所でした。



 

 途中、火渡り修行で有名な金剛山瑞峯寺などに立ち寄ります。お寺なんだけど鳥居があって、天狗のはいた巨大な下駄が奉納されています。神仏習合そのものだね。
 でも何分にも天気が良くなくて暗すぎて、紅葉の良い写真が撮れない。予報は晴れなんだけど、山の天気はあてにならない。  





8:20
 こちらは目的地の古峯神社です。創建は今から1300以上前のとされる古社で、祭神は日本武尊、京都よりこの古峯ヶ原の地に遷座申しあげたのが始まりだそうです。
 紅葉が良い感じなのだけど、ともかく暗すぎて色がさえません。
 せっかく山道を1時間運転してきたのにな。



 創建の後、この古峯ヶ原は勝道上人という僧侶の修行の場となったそうです。勝道上人はこの地で3ヶ年の修行の後、782年に日光の男体山に初めて登頂して、日光開山に
至ります。
 なるほど、日光の寺社はこの地が起源と言うことなんだね。






 珍しいのはこちらの神社には今も宿坊があって、一般人でも世間との交際を断ち、身を清めながら礼拝や読経などを行う修行生活を送ることができるということです。
(「おこもり」とも呼ばれている)



 一室には巨大な天狗の面がありました。高さ2mぐらいあって、ものすごい迫力。この神社では天狗は祭神の使いとされ、崇敬を集めています。
 勝道上人の修行にあやかって、明治維新までの千余年の間、日光全山26院80坊の僧坊達は古峯の地で修行するという慣わしがあったとそうです。



 但し、明治維新で神仏分離が行なわれ、神社からは仏具一切が取り除かれ、今では純然たる神社に変わりました。



 神社から出てたら、空が少し明るくなっていた。

 

 古峯園(神社の庭園)に向かうと、紅葉が良い感じで輝き始めた。 ちょっとだけ思った。「これも何かのご褒美かな。」
 このあたりは日光に比べると、比較的静かに紅葉の楽しめるところです。



 近くには大小20に及ぶ滝のある大芦渓谷もある。
 こちらで手つかずの自然を楽しみたいところですが、我々はその入口で引き返してきた。無料駐車場には車が1台もなく、この状況で奥に向かって歩き始めるのは、
あまりにクマさんが怖かったからです。



2025.11
camera: Canon Powersho tg9x Mk.2 / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio Pro.7 + GIMP 3.0


サイトのトップページにとびます