熊谷 妻沼
2025.12.21
那須と自宅のある神奈川との往復は、関東の南と北の移動なので、長い目で見れば結果として関東一円を巡るたびになります。今回は熊谷に国宝が
あるということで、試しに立ち寄ってみることにしました。
12.21 SUN 天気:晴れ
6:00
那須に行った帰りの話です。この日は視界がほとんどないような霧で、とても近隣で遊びに行けるような状況ではない。回復も見込めないので、
それでは別の場所に行ってみようということになった。
あちこちマップを眺めていて、少し面白そうだなと思ったのが熊谷です。そういえば中心部には訪れたことはあるけど、それ以外の場所はほとんど
知りません。

この日は日差しがなくて風が強く、ものすごく寒い日でした。
利根川がつくった平原が延々と続いていて、風を遮るものがない。歴史的には利根川の治水工事がずっと続けられて、少しずつ耕地がひろがっていった
ところだと思う。

8:30
こちらは途中で立ち寄った明和町の上州三嶋神社です。地域の古社として知られていますが、江戸時代の火災によって、社殿と記録が消失したため、創建等の由緒は
不詳とのことです。
境内には再建された社殿のほか、全国各地から分社されている社がいくつもあって、小さいながらも歴史と格式を感じるところです。また地元では勝負の神様として
知られており、決戦前のお願いにやってくる人も多いという。

9:15
次にやってきたのは「荻野吟子記念館」です。
埼玉県では渋沢栄一と並び称されるような偉人だそうですが、申し訳ないけど自分は名前すら知らなかった。最初の時点で分かっているのは「日本で最初の
女性医師」だったことです。 (入館無料、ボランティアガイドの案内あり)

荻野吟子は江戸時代末期の1851年に現在の熊谷市俵瀬に農家の五女として誕生します。そして18歳で名主の稲村寬一郞と結婚、寬一郞は県議会の副議長を
務めるほどの名士であった。
しかしながら結婚後に、夫から性にかかわる病をうつされ、その後は2年間の闘病生活を送ることになります。その夫とは協議離婚し、ここから彼女の波乱の人生は
始まります。
闘病中、女医を目指すことを決意しますが、当時は医学校への入学が認められていない状況であったので、いったんは師範学校に進学して教職に就くことになります。
そして師範学校を卒業するときになって、ようやく私立医学校への道が開けます。こちらで勉学に励んで優秀な成績で卒業するも、今度は医師への受験資格が与え
られないという事態に遭遇します。
東京、埼玉等で受験を申請するも、ことごとく却下されて、最後は内務省の衛生局長に直訴する形で3年目にようやく受験資格を得ます。
1885年(明治18年)に、最初に受験が許可された4人の女性の中で、吟子はただ一人合格し、念願の医師資格を得ることになります。
本当につい最近まで差別的な扱いって残っていたと言うことですね、今も完全になくなっているわけではないけど。自分が思うに、明治時代の初期に作られた常識が、
あたかも太古の昔からあるような言われ方をしてるってこと、今もあるような気がします。

荻野吟子の人生を描いた舞台が三田佳子主演で公演されていたことがあったそうです。
でもこれだけドラマ性があれば、NHKの朝の連ドラになってもおかしくないなと思いました。
ボランティアガイドさんの説明もとても一生懸命でした、こちらはおすすめです。

この記念館から15分ほど歩くと、利根川の渡船場があり、そこから対岸に渡ると、移築された荻野吟子生家の長屋門があるという。(こちらは国登録有形文化財)
ということで少し歩いてみることにしました。

でもこの寒々しい景色、風も強い。あんまりにも寒いので、対岸に渡るのは又今度ということに。
そんななか上空をグライダーが滑空してゆく。ここはグライダーの滑空場になっているところです。
開業後、吟子の医院には多くの女性が押しかけたという。
そして40歳の時に再婚し、1894年に北海道へと渡る。夫である志方之善は14歳年下で北海道にキリスト教の理想郷建設を目指していました。
そして夫は志半ばで病死、本人も東京本郷に引き上げ1913年に没する。享年63歳であった。
年表を見る限りは、吟子の一生は決して恵まれたもののようには見えません。でも数多くの人を救い、頼りにされてきたことは間違いない。
あと北海道での生活は経済的にも決して楽ではなかった。ただ協議離婚した稲村家からの援助がずっと続いていたと言うことは、語られるべきことだと思う。

10:05
利根川を渡ってやってきたのは熊谷市立妻沼展示館です。
今は廃線となってしまった東武熊谷線(通称は妻沼線)で使用されていたキハ2000が屋外展示されています。こちらは「カメ号」という愛称で呼ばれていたそうです。
妻沼線は熊谷駅から妻沼駅まで10.1kmをつなぐ路線でしたが、赤字がかさみ続け、惜しまれつつも1983年に営業を終えます。そしてこの車両は東武鉄道から熊谷市
に譲渡され、ここに展示されることになりました。

館内には古民家や神社などにあったと思われる古い絵馬などもありましたが、やはり見所は妻沼線関連の資料でしょう。

妻沼線の職員の制服やヘッドマーク、そして沿線の模型等の展示があります。(入館等、すべて無料)

アルバムが何冊かあって、綴じられているモノクロームの写真が秀逸でした。
のどかな景色の中を走るキハ2000がかわいらしい。そしてそこに記録された美しい景色自体も、資料的な価値が高いなって思いました。

希望すれば職員の方が車両の施錠を開けてくれます。
車両内も当時の様子そのままです。製造されたキハ2000は3両のみだったということで、今となっては貴重な存在です。

もともと妻沼線は第二次世界大戦の終わりごろに、群馬県太田市の中島飛行機(軍用機工場、現SUBARU)への人員と資材の輸送を目的として、軍の命令で着工
されたものです。
但し終戦までに完成したのは熊谷から利根川近くの妻沼まで、戦後はその延伸も計画されましたが、結局は利根川を渡って対岸の群馬県にたどりつくことはできません
でした。
この日確認はできませんでしたが、利根川では戦時中すでに架橋工事がすすんでいて、その通過する場所予定の場所には今もその橋梁跡が残っているそうです。
もしも妻沼線が利根川を渡っていたら、この路線の運命も少し変わっていたかも知れないと思いました。

10:30
そもそも熊谷に行く気持ちになったのは「国宝」が見られると聞いたからです。
こちらがその聖天山です。国宝指定が2012年と比較的新しく、埼玉県では唯一建造物として国宝の指定を受けているという。

参拝自体は誰でもできますが、本殿の側面と裏面の装飾を見るためには拝観料が必要です。(700円)
一見してものすごく派手な感じで豪華さを極めている。数々の彫刻やその装飾は見事と言うほかはありません。豪華絢爛な様は埼玉の東照宮といわれるほどです。
それもそのはずで、日光東照宮の創建から百年あまり、装飾建築の成熟期となった時代に、東照宮の修復に参加した職人らによって1735年から1779年にかけて
建てられました。
建物は拝殿、中殿、奥殿の三棟の建物が順につながる権現造りと呼ばれる建築様式だそうで、こちらも日光東照宮と同様のつくりです。また現在は全体として仏堂の
位置付けですが、神仏分離令以前は神社の形態をとっていたということです。
しかしこれだけのものを江戸時代につくるとなると、ものすごくお金がかかったに違いない。支払いはお殿様かと思ったのだけど、実際の造営資金は、聖天宮を信仰する
庶民の寄付により賄われたという。

そのほかにも境内には歴史的な建造物がたくさんある。

こちらは国有形文化財の仁王門で、金箔仕上げにはなっていないけど、その木彫には見応えがあります。聖天山は妻沼地区の一角にあるのだけど、ここだけ世界が
違う感じでした。

そもそも聖天山は平安時代末期に、斎藤実盛がこの地で長井荘の荘官の任につき、ご本尊を勧請したのが始まりとされる。(1179年)
斎藤実盛は保元の乱、平治の乱では源義朝について活躍した武将でしたが、その後は平家との結びつきを強くし、途中からは一貫して平家方につくことになります。
そして1183年の篠原の戦いでは平家方が敗走するなか、ただ一騎踏みとどまって幼い頃に助けた木曽義仲軍に討たれたという。そしてその子孫も最後まで平家への
忠誠を貫きいた。

斎藤実盛は平家物語や源平盛衰記、謡曲、歌舞伎などの分野でも、武勇に優れた義理人情に厚い人柄として描かれています。この斎藤斎藤実盛という人物の存在が
あってこそ、この聖天山が長く守られ、発展してきた理由なんだろうと思う。

さて参道にはいくつかの土産やさんや飲食店があるのですが、11時を回る頃になって行列のできはじめたお店があった。
こちらは「聖天寿し」というお店で、売られているのはご覧のような大きなおいなりさんと巻き寿司のセット(560円)です。
おいなりさんは普通の3倍ぐらいはあろうかというサイズ、食べ応え十分でとってもおいしかった。話によると、午前中で売り切れと言うことがしばしばあるらしいです。

参道から少し外れたところにある「小林だんご店」です。ケースには見かけ上は至ってシンブルなお赤飯や団子が並びます。
でも買ってみて驚いたのは、使われている餅と餡がそれぞれの商品一つ一つによって使い分けられていると言うこと。たとえば塩あん餅だと餡は全く甘くなく、
餅はほのかに塩味がする。優しく、昔懐かしい味わいでした。
こちらも外せないお店だと思う。
2026.01
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