津久井湖
2025.12.21
今回のお散歩旅は神奈川県の北部、津久井古酒編です。その昔は軍事、交通の要衝だったところで、鎌倉時代から津久井城が築かれていました。
その後は中心部がダムに沈み、現在では旧津久井町と旧城山町が取り込まれる形で相模原市の一部となっています。
2.15 SUN 天気:晴れ
8:30
さて次のお散歩旅は神奈川県の北部、旧津久井町と旧城山町です。(現相模原市)
その昔は武田氏に対する北条氏最前線の拠点、津久井城があって幾多の戦いが繰り広げられたところです。また「憲政の神様」として知られる尾崎行雄の
出身地でもある。
でも近年ではやはり津久井湖を中心とした観光地のイメージが強いかも知れません。

津久井湖は城山ダムの建設によってつくられました。そしてその現状がこちらです。
津久井湖を横断する三井大橋からの眺めですが、なかなかに絶景です。というのも普段は橋の下10mぐらいの所に湖面があるのですが、今は40m
ぐらいありそうな感じです。
神奈川県は人口に比較して、比較的ダムの水量の多い県ではありますが、現在この津久井湖の貯水率は10%しかない。

反対側です。よく見ると右手に半島のようなものが露出していて、そこに人がいる。

30倍ズームで拡大したら、こんな感じでした。
よく見るとここは、その昔は高台の神社だったらしい。男性が覗き込んでいるのは折れてしまった鳥居のようです。きっと手前にあるのは狛犬の置かれていた
台座だと思う。
この半島のような場所の反対側には貸しボート屋さんもあるのですが、湖面まで降りてゆくのが大変そうでした。

ダムがなかった時代には、ここに相模川を渡る橋が通っていたところみたいです。
右上には道が途中まで残っていて、その先の斜面には軽自動車が放置されています。

その昔は林だったんだろうと思う。白化した木がいくつも湖底から伸びている。
なるほど、水の深いところだから空気に触れず、紫外線も届かない、しかも湖底だから1年を通して低温に保たれている。保存性はかなり良いはずだね。
これもまた地球温暖化のなせる技なんだろうけど、凄いものを見てしまった感じがしました。
ちなみにこのまま雨が降らないと更にいろんなものを見ることができそうですが、危険箇所もあるので神奈川県では、立ち入りをすすめるようなことはして
いません。
もしも行かれるのでしたら、高倍率ズームのカメラとか、双眼鏡を持ってゆくことを自分はおすすめします。
津久井湖の貯水率10%は結構話題になっているようで、普段は空いている駐車場も、自分たちが行ったときには、10時頃にすでに満車になっていた。
これだけ人がやってくるのは、これまでなかったと、地元の人がいうぐらいです。

さて津久井湖を見下ろす位置にあるのが津久井城址です。その本丸は城山と呼ばれる山頂にあって、1時間ほどで登ることができるらしい。何度もここに
やってくることはないだろうから、この際登ってみようということになりました。
津久井城は、三浦一族であった津久井氏によって鎌倉時代に築城されたところから、その歴史は始まるとされています。そして戦国時代には北条氏によって、
城は更に拡充される。
八王子から南に向かう道と甲州から関東に向かう道が交わり、しかも相模川による重要な水運ルートもあって、ここは中世の早い時期から政治・経済・軍事上の
要衝であったという。

ご覧の通り、本丸のある山頂の標高は、わずか375m、高低差でいうと200mもないと思う。しかしながら急峻な山そのものが改造されていて、本丸にたどり着くまでには
かなりハードな山登りを強いられることになりました。
城としての遺構はかなり明確に残っていて、山頂部の本丸付近には米蔵や土蔵などもあったという。もちろんここで生活するのは厳しいので、城詰めの兵士たちは、
普段は根小屋という麓の居住区に住んでいました。こういう形式の山城のことを「根小屋式山城」と呼び、当時は関東でも屈指の規模を誇っていました。
津久井城は1590年、豊臣秀吉の小田原攻めの際に落城、江戸時代には徳川氏の直轄領になり麓に陣屋が置かれましたが、1664年にはそれも廃止されて歴史的な
役割を終えます。

9:40
山頂の本城曲輪からの景色です。眺望は良好、津久井湖から相模川上流の様子が見えます。
相模川続きの上流の相模湖の貯水率は70%なので、神奈川県ではまだまだ生活用水に困窮する状況ではない。津久井湖の貯水率10%というこは、優先的に
津久井湖の水を使っているということです。

10:10
「津久井湖観光センター」から登って「津久井湖城山公園 パークセンター」に降りてきました。併設されている公園内の梅が見頃でした。

参考までに言うと、観光拠点は上記の2カ所のほかに「水の苑地」があります。散策マップはこの3カ所で入手が可能、そのうち駐車場に余裕があるのは、
湖から離れたパークセンターだと思う。

こちらは兵士たちのねぐらに近いところにある「根小屋諏訪神社」です。
今は村の鎮守様という感じですが、その歴史は古く、鎌倉時代の1192年に筑井義胤が、津久井城築城にあたって勧請したと伝えられています。

周囲や参道には、そびえるような「根小屋諏訪神社のスギ」が立ち並んでいて、こちらもぜひ訪れたい場所です。


こちらは功雲寺、戦国時代に城主を務めた内藤氏の菩提寺で、内藤氏ゆかりの品が伝わるという。

11:20
山を下って再び湖畔に戻ってきました。
こちらは市街地の中心にある中野神社です。創建は835年というから1200年近い歴史のある古刹です。
思うにこの神社の景色が津久井ではいちばん変わったところに違いない。

1965年にダムが完成するまでは湖畔でなく、高台の静かなところにある神社だった。その後は湖底になる場所からたくさん民家が移転してきて、今のような
町並みができあがったはず。
更に遡れば、鎌倉時代にお城ができて北条氏によって要衝化され、街として発展するまでは、住む人もそれほど多くはなかった。
古の頃を想像するに、この神社は山中から麓の小さな集落を静かに見守るような存在だったに違いない、もうそんなこと誰も思いつかないでしょうが。
中野神社は湖畔近くにあって市街地の中心、ここからはメインストリートの国道413号線に沿って、散策をしながら観光センターに戻ることにします。
津久井は歴史のあるところなのだけど、前回お伝えしたように津久井湖(ダム湖)ができたことによって、街の景色ががらっと変わってしまったように思います。
一見すると新しい町並みで、古いものがところどころに埋もれている感じです。

11:40
こちらは「津久井せんべい本舗」です。ものすごい種類のおせんべいが置いてあって試食も可能、一番人気は「ブランデーせんべい」で、信じられないほど
ブランデーが染みこんでいます。3種類ほど購入しましたが、スタンダードなお醤油せんべいもカリッとしておいしかったです。
ちなみにこちらのお店、一見しては最近できたばかりのように新しいのですが、何十年と続く老舗だそうです。

12:50
お昼を食べる場所を検索していてたどり着いた「中華そば 安至」、場所としては水の苑地の近くにあります。決して場所としては良くないのですが、それでも
小さなお店の前には行列ができていました。
基本、3種類の醤油ラーメンスープと2種類の麺が選べます。自分は白だし醤油と細麺の組み合わせをオーダーしましたが、とても優しい味で抜群においしかった。
間違いなく750円という値段設定を超える味です。

13:20
お土産はお酒の予定でした。圏央道の相模原ICに近い県道510号線から細い道を入ってゆくと、その酒蔵はあります。「相模灘」の銘柄で知られる久保田酒造は
江戸時代の終わりの1844年に創業したと伝わります。

直売所の暖簾をくぐると、まずはいくつもの雛人形がお出迎え、そういう時期なんだなって思いました。

買ったのは「相模灘」の純米吟醸 雄町(720mL 1900円)、今流行のというよりは、ややドライな感じで、少し燗をするとうまみが出てくる。あと粕取り焼酎(720mL
1500円)
も珍しいので買ったのですが、こちらは思いがけずフルーティーな味わいで印象に残りました。
お酒の飲めない方には、4種類の酒粕ジェラート(400円)がおすすめかな、結構人気があるみたい。

でもう一つ感動したのがこの直売所のある母屋です。
築160年の重厚感というか存在感がものすごい。 「すごいですね。」 と何度も言ってたら、手の空いた売り子さんがなかを案内してくださいました。

本当に凄いかった。30cm角の柱が何本もあって、幅50cmを超えるような梁20m以上続く。ふすまや引き戸を外せば60畳ぐらいの空間になる。

ちゃんと茶室もあって、欄間の工作やふすま絵も一流の職人によるものとお見受けしました。
こういう家を今つくることなんてできないと思う。
価値としては億単位であることは間違いないけど、想像もつかないぐらいです。

こちらの母屋、最近まで改修を続けていたそうです。きれいな庭が整ったら、また来たいな。
登録有形文化財に指定されるのも、遠くはないと思う。
2026.03
camera:Panasonic DMC-TZ85 / graphic tool: SILKYPIX Developer Studio pro
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