瞳に四角い鰯雲

たまたま雑誌で見た荒木元太郎氏や矢沢俊吾氏の作品に触発され、自分でも何かできるんじゃないかと思い始める。
一週間後、フィギュアはつくったけれど、ぽつりと飾っておくのはちょっとさみしい。
そこでまわりの情景もあわせてつくったら、今度は大きくなりすぎて飾る場所がない。
     しょうがないから写真にとって残そうか。
     1年、2年・・・、コンピューターのなかに撮影画像がたまってゆく。
     どうしようか、これ?
というわけで、このホームページができてしまいました。
その後volksのSDに出会い、吉田良氏の作品を見て球体関節人形を作り始め、現在に至ります。
このページでは人形やフィギュアについて思うことや製作史といったことについてまとめてみました。
                                                                                制作者:moo


   
08.08.08 人形との関係  
10.01.17    追記1 人形を売ること  
12.03.23    追記2 人号をつくること  
13.06.26    追記3 ドールイベント  
16.09.30    追記4 時代は変わるね  
           
    雑記帳 DOLL以外のことについて、思うことをまとめてみました。  










これまでに制作した Doll & Figure

 オリジナル作品は 1/6 の figure から始まり、現在は 1/3 の Doll 制作を中心に、市販ドールのカスタマイズまで幅広く行っています。
   eye4 factory



影響された人形・フィギュア

タミヤの1/35ミリタリー模型のフィギュア
 子どもの頃には年に何十体とつくっていました。ポーズを変えたり、幅2mmしかない目に瞳を入れたり、自分の造形の原点がここにあります。
技術的にもこの時代に80%できあがっていたと思います。もちろん当時はカスタマイズやメイクでなく、改造や塗装といっていましたが・・・。

荒木元太郎氏や矢沢俊吾氏のフィギュア
 いい年になって、再び造形に取り組むきっかけになったのが、雑誌で取り上げられていた両氏の作品。すごくセクシーだけど、基本的な骨格や
筋肉のつきかたに違和感がない・・・。一般にはリアル系フィギュアというけれど、一目で「これだ!」って感じになりました。最初はフィギュアを買っ
ては組み立てて塗装をするだけでしたが、そのうち自分でも製作するようになります。シリコンゴムによる型どりも覚えました。
 ただちょっとだけ不満だったのが「動かない 」ということ。もし動いたら、いろいろなシーンの写真が撮れるのにな・・・。




スーパードルフィー

 ビスクドールなどの球体関節人形の存在は知っていましたが、なんかみんな冷たい感じがしていて、ちょっと怖いというイメージがありました。
そこにあらわれたのがボークスのスーパードルフィー、今度も「これだ!」って感じになりました。実は私はSDファンとしては老舗で初代SDを
2体持っています( kiraとnana )。



好きな人形・フィギュア

 私自身、けっこう人形好きで、200体以上の人形・フィギュアを保管しています。そのなかで特に気に入っているものを、次にご紹介します。
    お気に入りのDoll&Figure



人形の大きさ

 基本的に1/3スケールの人形をつくっています。身長にして47cmから60cmです。このサイズを選んだのはSDやDDの洋服がそのまま着せられる
から。ただヘッドはSDやDDより2まわり小さく、いわば7から9等身のファッションモデル系の比率を持っています。従って市販の洋服を購入すると
ほとんど帽子は無駄になってしまいます。
 この比率にした理由は、自分が一番美しいと思ったから。



人形の名前

 人形には sakura とか saori などとアルファベットの名前をつけています。それはいろいろなシーンで写真を撮ることを前提としているからです。
「桜」とか「佐織」と書いてしまうと、その名前のイメージと画像が一致しないことがあります。ようするに一面の紅葉のなかに「桜」ではちょっと・・・、
というわけです。だったら名前のイメージはうすいほうがいい、そこで「桜」より「さくら」・・・、「sakura」ということです。英語的な表現をするなら sakura
でなく Sakura なのですが、イニシャルは小文字にしました。理由は簡単で人ではないからです。
 人形を自分の分身のように扱う人もいるように聞きますが、私はあくまでも「もの」の領域に人形をおいています。



人形のおもしろさ

 今あらためて人形っておもしろいもんだなと思います。もちろん人形をつくるとき、最初は「こんなふうにしよう!」と計画するのですが、最後に眉を
描き髪をつけてみると、作品から、こちらの意図しなかった部分が見えてくることがあります。いつもではありませんが、何か語りかけてくる内面的な
ものを感じてどきっとすることもあります。また場所を変え、時間を変えて写真を撮ると全く違った表情になる。皆さんも感じたことあります?



人形を写真に撮る理由

 人形が様々な場面でそれまでと違う表情を見せる、または何か語りかけてくる。そしてその一瞬は二度と再現できないかもしれない。だとしたら当然、
記録に残したくなります。



人形と自分の関係

 昔トワイライトゾーンというテレビドラマがあって、夜中に「私、あなたのこと嫌いよ。」だなんて人形がしゃべってました。人形の出てくる怖いお話は
多く、自分にとって人形は怖い存在でした。そのトラウマから抜け出せたのは最近のこと。
 女性の場合には人形を分身として扱うことが多いというけれど、自分の場合には全くそれはありません。異性であったり、娘であったり、あるいは全く
無関係の第三者であったり、それは状況によって違います。はっきりしているのは完成した人形はあらたな時間と人格を持つことだけです。



瞳に四角い鰯雲

                南西向きの部屋に光が差し込んだ
                四角く切り取られた空には鰯雲
                ゆったりとした時間未来がいつもより遠い
                風が微かに外界の香りを運ぶ

                      椅子に座った小さな人形
                      その人形の瞳に凝縮された世界が微かに映る
                      君はいったい何を見ている?

 人形を見つめたら、その瞳に人形を取り囲む風景が映っていることに気づいた。彼女にはこの世界がどう見えているのだろう・・・?
おそらく第三者として、最も客観的に冷静に事物を眺めているに違いありません。これがこのHPのタイトル「瞳に四角い鰯雲」の意味するところです。
 私も最初のうちはただ、顔かたちのととのった美しい人形をつくろうとしていたように思います。でも今では、人の言葉を受け止め、ときとしてそれに
返答する、そんな人格ある人形がつくりたいと思うようになりつつあります。




良い人形

 基本的に私はdoll&figureを個人的に楽しんでいるのであって、「瞳に四角い鰯雲」も、ひたすら個人的な興味・関心に基づく自己満足の世界である
わけです。だから、良い人形とは基本的に「自分が気にいっている人形」ということになります。
 ただこの webサイトを立ち上げてからは、ちょっとだけ意識が変化してきました。やっぱり「人に見られている」あるいは「期待されている」という緊張
感が、もっと「良いもの」をつくらなくてはという、良い意識づけに作用しているように思います。そして「人に見られている」ということは、自己満足だけ
でなく誰にとっても「良いもの」とは何かを考えるきっかけとなりました。
 ただ美的な感覚や価値観のようなものは、個人によってかなり異なっています。絶対的なものがなければ、一般に高い評価を得ているものが「良い
もの」と言えるのでしょうか。最近は様々な資料、材料が整ったこともあり、多少の技術と知識があれば、市販のSDや著名作家のビスクドールに似た
ものをつくることができるでしょう。商売だったら、それはそれで売れるのかもしれませんが、実際にはただのまがいものでしかありません。
 ある方がこのHPを「不思議な感覚を持つ異次元の世界」と評して下さいました、とても喜ばしい評価です。一方で自分自身は普遍的なものも目指そ
うと思います。本当に良いものが何かは分かりませんが、少なくともその答えは独自性のなかの普遍性にあると考えるからです。



悩み

 ともかく時間が足りないこと。1日1時間平均の作業時間で人形製作やHP更新、撮影までこなすのはかなり厳しいです。今後人形やフィギュアで生活
してゆくことも、ちょっと考えたことがあります。この人形だったらいくらで売れるかな・・・? とも考えますが、可愛い人形を手放したくないのが本当のと
ころ。ただ、型どりしたnaomiの複製をオークションにかけることはあるかも・・・。
 皆さん売れると思います? というか、欲しいという人はおられますか!? 毎日10から30名の方が当HPにおいでいただいていますが、ぜひコメントい
ただきたいところです・・・。もし欲しいという人が30人ぐらいいたら、仕事辞めて naomi の量産に入ります。 けっこう本気です!
                                                                                  以上08.08.08





人形を売ること

 2010、はじめて人形をオークションに出品しました。気持ちはけっこうブルーです。人身売買をする女衒になってしまったような、後ろめたさを感じます。
 人形作家という言葉には、芸術を創造する者という意味合いを感じますが、自分自身の場合にはバービーやジェニーと同様、人形は芸術品でなく実用
品だと考えています。多くの人にとって、今も人形は自分自身の分身もしくは親族同様の存在で会話の相手であるような気がします。
 ところが芸術といわれる人形のなかには、あまりに個性的だったり、あるいは極端にやせていたり、釘が刺さっていたりで、とても好きになれないものが
多々あります。また著名作家の作品は確かにすばらしいですが、あまりに高価でお人形遊びには不向きです。マーケットもそれほど大きいようには思え
ません。一方でvolksの主催するドールイベントには年間で数万の入場者があります。何か芸術としての人形が一般人の欲しいものと一致していない気
がします。
 とりあえず私の場合、今は普通のちょっと可愛い人形を造り続けるだけです。それがどう評価されるのかは別の問題です。
                                                                                     10.01.17





値段

 人形をオークションに出品したとき、ちょっと考えたのが設定価格です。
 「正当な価格」って何だろう? 人が買いたいと思う価格なのか、それとも売りたいと思う価格なのか。「常識的な価格」というのもよく分からない。60cm
級のDollは、SDのスタンダードなもので約7万円、海外メーカーなら3万円から、でも基準を作家の作ったビスクドールにおけば、10万円から上にはきり
がありません。
 ということで自分で簡単な計算式をつくりました。
      (出品価格) = (材料費) + 800×(制作に要した時間) + (付属品の価格)
 ちなみに最近つくったDollでは、粘土、ウイッグ、グラスアイなどの材料の総額がおおむね1.0万円。式のなかの800円とは1時間あたりの労働単価で
す。(ちなみに最初のころは600円)。そして制作時間はおおむね50時間。洋服やアクセサリーの総額が1.7万円です。
      (出品価格) = 10000 + 800×50 + 17000 = 67000
 つまりは正当な労働単価を配慮した、製品価格ということになります。裸の状態で 5.0万円という価格が高いか低いかは、単純に入札の有無と落札価
格によって示されるものと思います。



人形作家は大変だ

 で、次に考えたのが世の中でがんばっておられる人形作家の方達のこと。自分の場合には極力手間を簡略化して50時間程度で制作していますが、
一品ものの粘土製人形の場合には完成までに100時間を超える場合も少なくないと推測します。これを上の式にあてはめると裸の状態で 9.0万円、洋服
などの付属品を入れたら 10万円、もし仮にこれを人形のお店に委託販売してもらったら、少なくとも 10万円台後半の値段になってしまうことになります。
 で、ちなみに時給800円という金額は基準最低賃金より低いです。プロの人形作家は大変です。有名になるか、人形教室をして稼がないと生活できない
と思います。オークションで 10万円、お店で 15〜20万円といった価格帯の人形は、その手間を考えればとても安い! ということになります。
 ビスクドールの場合には原型の複製が可能で、ある程度の量産ができますから、もう少し販売価格は安く、著名な作家ものでも場合によっては20万円
以内で購入することができます。
 それでも創作人形が 3.0万円〜 7.0万円のSDなどのレジン製ドールに対して、価格的に敵うことはないでしょう。
 そして美しく、壊れにくく、アフターマーケットも整っているレジン製ドールは、もしかしたら一般庶民にとっては、実用品としての価値はずっと上なのかも
しれません。実際、volksの主催するドールイベントには年に数万の入場者があります。
 SDやDDと創作球体関節人形は全く別の製造過程を経て完成するものですが、実際には両者を同列に扱ってしまう人は多いと思います。私も同価格の
SDと創作人形があったら、作者の熱意や努力を抜きにして、単純に可愛い方を自分は選んでしまうかもしれません。皆さんはどうです?
 
ですから、ある意味で創作人形は市販の人形とは一線を画す芸術品であったり、より作家の個性が表現されているものであり続ける必要があるのだと
思います。




ワンダーフェスティバルとの決別?

 ドールイベントとしては volks の主催するドールズパーティ−がいちばん有名です。ですが自分の場合、もう2年ほど足を運んでいません。都合がつか
ないというのもありますが、何と言ってもあの列の長さ、人がいっぱいの会場内、何か疲れちゃうんですよね。ですからここのところはドールショーとか
I−Dollあたりに出没することが多いです。創作人形関係はどこでも影がうすいです。ドールズパーティーにあった創作人形系のイベントもなくなってしま
ったようだし・・・。

 フィギュアを扱うイベントとしては、何といってもワンダーフェスティバルです。規模はドールズパーティ−を超え、一回で5万人近くの入場者を集めてしま
うとか。でもこちらにはもう5年以上行っていないような気がします。自分のなかでフィギュア自体に対する興味が薄れてきていることも事実ですが、最近
のワンダーフェスティバル自体が自分の求めているものとは違ってきていることも事実です。
 海洋堂の主催するワンダーフェスティバルは、昔はアマチュアの制作したレジン製ガレージキットの販売がイベント自体の中心でした。造形の技術も今
よりずっと低く、今では考えられないほど未熟な作品も売られていました。内容もエロ、グロを含めて何でもあり、みたいな感じでした。もちろん版権物と呼
ばれる人気キャラクターを再現したキットの販売もありましたが、自分自身は創作系フィギュアのやみくもなパワーに圧倒されていました。
 そして何回か回数を重ねて行くごとに技術的レベルが上がり、まずは未熟な作品は淘汰されていったように思います。が、しかし綺麗な作品は増えたけ
ど、何がなにやら分からないパワーのようなものは減ってきたようにも思います。創作系は本当に少なくなりました。キャラクターを丁寧に再現したアマチュ
アブースは本当に完成度の高いものだけが生き残っている感じです。代わりに企業のブースがイベントの中心になっていった・・・。こんなところが変化の
概要でしょうか。
 もしかしたらワンダーフェスティバルから得られるものはない・・・。知らないうちに自分自身が感じ取っていたのかも。



新たな展開

 「創作人形」と「市販ドール」、「創作系フィギュア」と「キャラクター中心の市販フィギュア」の関係は、その歴史こそ違っても、まったく同じだと自分では
判断しています。価格差や完成度の違いもありますが、いちばんの違いは個性や独自性の有無だと思います。
 初期のフィギュアにはスタンダードなものがなかった、だから作り出したものの全てがオリジナルだった。その後、アニメなどの人気キャラクターを取り
扱うと人気が出ることが分かった。そこに企業が参入して人気キャラクターがフィギュアのスタンダードになった。当然そこから外れたものは扱いが小さく
なる。
 歴史ある人形の世界も同じだったと思う。最初にスタンダードになったのがビスクドール。たとえばジュモーの作品には基本的な様式があります。明治
時代、西洋からこの様式が普及すると、雛人形でさえこの影響を受けたと自分は考えています。江戸時代までは8等身の小さめの頭でしたが、明治時代
以降は西洋人形と同様な6等身ヘッドが主流になっています。
 そして日本で人形作家が育ち始め一定の評価を得るようになると volks社がレジンキャストフィギュアの技術と結びつけた。初期の volks社のSDを初め
て見たときの自分の印象は「70万円もする恋月姫さんの作品を5万円で再現した」というものでした。それまで高価で一般人の手が出ないビスクドールを
ぐっと身近な世界に引き寄せた。 volksの功績は大きいです。そして海外のメーカーを含め様々なメーカーがレジンキャスト製球体関節人形を開発し、
間違いなくSDは人形の世界のスタンダードになった。
 いったんスタンダードなものができあがると、その枠から外れることは難しいです。相当な革新的なものでない限り、マーケットに受け入れられることは
ないでしょう。自分は様々な人形、フィギュアを持っていますが、たとえば 1/6 doll のmomoko と バービー、J−DOLLを一つの画像のなかで扱うとやはり
違和感があります。大きなサイズの人形は高価ですから、そんなに数をそろえられません。どれか一つの様式にまとめたくなります。
 それからこれは決めつけかもしれませんが、特に日本人はまわりと同じものを持っていると安心する傾向があるように思います。「こんな変わったもの
を持っている、私は個性的。」というより、「あなたと同じものを持っています。一緒に遊びましょ。」みたいな。
 でも協調性と個性は必ずしも相反するものでないと自分は信じています。
 そして新しい展開は、必ずその世界に対する新しい提案から始まると考えます。
                                                                                   以上12.03.23





大人の文化祭

 デザインフェスタはアート系のイベントで、国内外から3000ブース、約10000名ものアーティストが集まる、アジアで最大級のアートイベントです。
 デザインフェスタはオリジナル作品なら誰でも参加でき、実際、絵画や彫刻、工芸、映像、音楽、果ては緊縛体験?まで、ありとあらゆる分野のブース
が軒を連ねます。入場者はワンダーフェスティバルとまではゆきませんが、結構な入場者があります。
 それでどのような人たちが出展しているかというと、おそらくは90%以上はアマチュア、プロフェッショナルの出展もありますが、著名な方の出展はほと
んどないと思います。
 またワンダーフェスティバルやドールイベントに比べると、このデザインフェスタの場合にはオリジナル作品の販売というより、むしろ自らの知名度を上
げることを最大の目的にしている人が圧倒的に多いようです。実際、販売をしない出展者も多いし、販売していてもせいぜい出展料の足しにしかならない
程度だったりします。儲けの出るブースは、おそらく1割にも満たないのではないでしょうか。
 ここで出会った方が皆さん言われることは、この場を利用して次のチャンスを得ること。
 また様々な方との交流の場であるとも。
 やっぱり大人の文化祭なんだろうなー。



ブースの内と外

 そしてデザインフェスタ vol.37 に出展しました。自分の人形をイベントに出展するのはこれが初めてです。
 ちょっと前にはワンダーフェスティバルに出ようかと準備していたこともありました。それが巡り合わせというか、仕事やら何やらでタイミングを逃してし
まった。時は流れて人形を作り始め、その完成度も上がってきたので、いずれ何かのイベントにとは思っていたのですが、そんなときにデザインフェスタ
の存在を知ったわけです。
 最初にデザインフェスタ を見に行って感じたのは、企業ブースが中心となったイベントからは最早失われてしまった闇雲なエネルギーです。ここから
何かが始まる、またはこのままじゃ終わらないぞみたいな、いつかどこから噴出してきそうなエネルギーにわくわくしました。「ものを創ること」=「生きて
ること」みたいな人がこんなにたくさんいるなんて驚きでした。
 それが今度はブースの内側から外を見る立場に。
 そもそも人形イベントではないので、3000あるという出展のなかで球体関節人形を扱うブースは数えるほど。だから人形を目的に見に来る人も少ない
はず。そういう場所に初出展なので、状況的には圧倒的に不利。(だったら人形イベントに出ればよかったのに・・・)  せめて目立つブースにしたり、
人形の洋服が派手だったり、人形自体にインパクトがあれば良いのですが、それぞれ地味、シック、ごく普通の三拍子で厳しい。というか、自分の人形
はそもそも芸術品でなく、むしろ、人形遊びのための実用品の領域に近い。事実、芸術性のない分、市販ドールに思われた方も多かったようです。
 足を止めてもらうために声かけは必須。
 でもさすがにアート系イベント、大きな人の流れの中でちゃんと創作人形であることに気づき、興味を持たれる方も数多くいました。
 現在はネット上で画像を公開することもできるし、販売サイトやオークションを利用すれば、すぐにでもショップを開店することができます。ですがモノが
精巧になり、微妙な質感や触感を伝えるには限界があります。やっぱり実際に見てもらうのがいちばん。それにネットでは見せるだけの一方通行だけど、
実際に見ていただいた方からのコメントは本当に勉強になります。
 自分の人形に気づかずに通り過ぎる人がいる。気づいて足を止める人がいる。じっと見入る人がいる。
 こちらは人形をお見せして、その反応を観察させていただく。
 質問のなかから現在の作品に足りないもの、発展させるべきものを予想する。

 営業系の仕事はしたことがないけど、これがリサーチってものだろうな。
 デザインフェスタの2日間で、持参した名刺は200枚のほとんどがさばけました。でもほとんど売れませんでした。(やっぱりちょっと残念) けど充実はし
ていました。さばいた名刺といただいた数枚の名刺が大切な財産になりました。



メジャーへの道

 人と人形の出会いは様々だと思う。そしてその接し方も人それぞれであるに違いない。
 人によってはもっと可愛くしようとメイクや洋服、アクセサリーなんかを工夫したりする。SDのようにある程度加工が可能ならば、人形本体をカスタマイズ
することもできる。そしてときおり、人形の世界にはまったあげくに、自分でも何かできるかなと、人形自体を創ってしまったりする人もいる。
 その結果が人様にお見せしても恥ずかしくないレベルなら、サイト上で発表したり、イベントに出展することもあるでしょう。
 アマチュアなら自分のつくりたいものを作って、さあどうだ、でいいとは思うけど、ここから先、創作物を売るってことになると、どんな分野でも厳しいと思う。
まずそのために確かな知識と技術を持つことは当たり前、既存の分野であるなら、それまでの作品と同等以上の完成度が求められるはずだから。
 その上でまずは自分の造った作品を見てもらう必要がある。イベントやネット上での様々なPRはそのためにあるんだと思います。加えてきっと仲間づくり
も必要です。

 でも、もしかしたらその先に何もないかもしれない。
 自分がどんなに良い作品だと思っても、その作品に価値を見出す人がいなければ商売として成立しないから。今回のデザインフェスタの出展数3000、
そのなかにいったいマーケットとして成立するものはいったいいくつあったんだろう?
 自分の創りたいものと、皆が欲しいものが一致しているのは幸せです。
 でもそうでなければどうする? プロとしてその世界で生きてゆくためには自分の理想とするものを曲げなければいけなくなるかもしれない。ひとつの方法
は既存のマーケットに近づいてゆくことだろうけど、オリジナリティーを捨てても売れるものを創ることはしたくないのが本音でしょう。だからある意味プロには
なれない。現実にはコピーまがいのものにちょっと手を加えただけの作品が、本家より可愛く安価だったりすることもあるので話は更にやっかいになる。

 え! あなたはどうするって?
 もう気づいたら8年間も創作人形と市販のレジンキャストドールの狭間で人形を作り続けています。デザインフェスタでは多くの方からコメントをいただいて、
正直ちょっと自信がつきました。今やっていることに間違いはないように思います。ただ現状では「見る人が見れば」という前置きがついてしまうわけで、
自分のつくる人形が一般的になるにはまだまだ時間がかかりそうです。
 これからもSDやDDの洋服が着せられるサイズの、自分の思ういちばん可愛い人形を作ってゆこうと思います。
                                                                                   以上13.06.26










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